英不動産ファンド2.4兆円の解約請求は、なぜ凍結されたのか。


先月6月23日に実施されたEU離脱の是非を問う英国民投票は、EU離脱派が完勝した。事前の予想をくつがえす結果であったことから市場への影響も大きく、円高が大きく進行し、株価は暴落。既に長期までマイナス圏に沈んでいた日本国債の利回りは、さらに一段深く沈みこむこととなった。

このサプライズで大きな影響を受けたのは、もちろん当事者であるイギリスの市場も同じだ。開票直後の変化を見ると、為替が対ドルで13%程度のポンド安となった一方、イギリスの株式指数FTSE250は14~15%程度下落した。中でも、不動産不況への懸念から住宅建設関連株の下落幅は大きく、Bloombergが提供する住宅建設業(Homebuilders)インデックスは、開票前と比べ約4割も大暴落したのだ。

■不動産ファンドの解約請求が殺到
イギリスの不動産市場の不透明感から売られているのは、住宅建設関連株だけではない。Bloomberg等の金融情報メディアの報道によれば、目下、イギリスの不動産ファンドへの投資資金に解約請求が殺到しているのだと言う。

(引用)『英国では大手不動産ファンドの対顧客取引停止が相次ぎ、合計約180億ポンド(約2兆3600億円)の資産が凍結または動きが制限された。英国の欧州連合(EU)離脱決定を受けて投資家が同国の不動産投資から手を引こうとし、解約請求が急増している。
「リーマン破綻前夜のベア・スターンズのサブプライムファンドを彷彿(ほうふつ)とさせる」と、ジャナス・キャピタル・グループのビル・グロース氏がブルームバーグ・テレビジョンとのインタビューで述べた。「金融システムは流動性が適切な場所に流れ込むようにできていない。不動産ファンドはほんの一例で、恐らくほかにも資金が流出する分野があるだろう。懸念すべきことだと思う」と語った。』

(2016年7月7日付ブルームバーグ記事『2.4兆円の英不動産ファンドが凍結-リーマン前夜のサブプライム彷彿』より抜粋。)

解約請求の急増に対処するため6日までに解約処理を一時的に凍結することを決めた英不動産ファンド運用会社は7社。その金額は180億ポンド(約2.4兆円)にも上る。解約処理の凍結がこれほど広がったのは、それだけ多くの解約請求が集中したということだろう。

同記事では、そうした解約請求急増の原因は、『ロンドンのオフィス価値が英国のEU離脱から3年以内に最大20%下落する恐れがある』とのアナリストらによる警告だとされている。これは、おそらく間違いではないだろう。

だが、逆に言えば「3年以内に最大でも20%しか下落しない」と考えられる状況で、ここまで極端なパニック売りが進むというのは、やや違和感もある。肝心の投資先である不動産自体の経済的価値が、それほど急に目減りするはずもないのだ。

■流動性の限られた市場と美人投票
通常、投資ファンドに投入された資金は、キャッシュとして保有される一部金額を除き、そのほとんどが投資対象の購入に充てられる。相対的に少額であるキャッシュは、解約請求された投資口の償還や、費用の精算等に使われる。

ここで、ファンドの投資対象が市場で適時に売却可能な株等の有価証券であれば、ある程度の解約請求があってもキャッシュに換価して払い戻すことができる。ところが、投資対象が不動産の場合、すぐに適当な値段で売却してキャッシュに換価するというのは難しい。そうした換価のしやすさを「流動性」と言うが、流動性がかなり限定的なのが、不動産ファンドである。

投資家は、当然そうした事情は分かっている。そして、同時に、他の投資家も同様にそうした事情を分かっていることを知っているので、自分以外の他の投資家が皆、おそらく急いで解約しようと考えるであろうと考えるのである。当然、自分自身も同様に解約を急ぐべきと判断するだろう。

金融市場では、誰が最も美人かを当てる「美人投票」と同じで、皆が選ぶ選択肢こそが“正解”なのだ。

■解約請求の凍結は必要か?
ファンドによる解約請求の凍結は、投資家からの信頼を損なうものとして批判する向きは少なくない。だが、筆者は、今回のようなケースでは解約請求の凍結は不可避だったと考えている。自分自身、過去に投資先のファンドが解約処理を停止したことで大きな不利益を被ったこともあるが、その処理については納得するしかなかった。

解約請求の凍結は、何もファンド側の都合だけを考えて行っているわけではない。そもそも限られた流動性の中で解約に応じるだけのキャッシュが準備できない場合もあるだろうが、ほとんどの場合、ある程度余裕がある段階で凍結を決めるはずで、そうした措置を早めに講じるのは実は投資家保護の意味合いもある。投資規模が縮小するにつれ固定費負担が大きくなって投資利回りが低下するため、保有資産の状況に拘わらず、逃げ遅れて残された投資家だけが大きな損失を出してしまうことになるからだ。

また、仮に日々の運転資金も賄えないレベルまでキャッシュを払い戻したとすると、おそらくいずれファンドはデフォルト(債務不履行)してしまうだろう。そうなっては元も子もないのは、明らかだ。そうした状況は、何としても避けなければならないだろう。

「“限定的な流動性”は、市場が安定している通常時には一定の安全弁として働く一方、ひとたび大きなショックが起こってしまうとそれを増幅させる装置となってしまう」ということが、今回の騒動でも再確認されたのである。

【参考記事】
■日銀のマイナス金利政策は、大成功だが、大失敗だ。
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。
■日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること。 
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。

日銀のマイナス金利政策は、大成功だが、大失敗だ。


2016年1月29日(12時38分)、黒田日銀は、金融政策決定会合の結論としてマイナス金利政策の導入を発表しました。それから、5カ月。2016年上半期の区切りということもあり、このあたりで一度、マイナス金利政策の成果についておさらいしてみましょう。

■そもそもマイナス金利を導入した理由
マイナス金利政策の成果を省みる前に、まず、日銀がなぜマイナス金利を導入したのか、確認しておきたいと思います。

日銀は、当日発表した資料の中で、マイナス金利政策導入の目的を次のように言っています。

(企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶ)リスクの顕現化を未然に防ぎ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入することとした。日本銀行当座預金金利をマイナス化することでイールドカーブの起点を引き下げ、大規模な長期国債買入れとあわせて、金利全般により強い下押し圧力を加えていく。

(2016年1月29日付日本銀行発表資料より。括弧内は、同資料の他個所からの抜粋。)

ここで、「イールドカーブ」とは、各年限の金利をグラフ上にプロットし、線で結ぶことでできるカーブを言います。イールドカーブの起点を引き下げるというのは、そのカーブの左端、つまり、最も短い年限の金利を引き下げるという意味です。

すなわち、日銀は、マイナス金利の導入によって、短期金利を引き下げ、それを従前から継続している国債買入策と併用することによって、フラットニング(勾配を緩やかにする変化)を伴いつつ、短期から超長期までのすべてのゾーンで、金利を大きく引き下げることを目指したわけです。

では、そうした日銀の狙いは、実際のところ、どの程度実現しているのでしょうか。

■目論見通り(以上?)の成果
ここで示す図は、マイナス金利導入前日の国債金利のイールドカーブと、直近6月28日のイールドカーブを比較したものです。

この5カ月で、イールドカーブが大きくフラットニングしつつ大幅に低下していることが見て取れます。変化のパターンは、短~長期(10年まで)と超長期(10年超)で異なります。

・ 短期ゾーンから長期(10年)では、0.3~0.5%程度低下するパラレルシフト(平行移動に近い変化)
・ 超長期(10年超)では、フラットニングしつつ大幅に低下(30年で1.2%→0.05%)

これは、上述の日銀が目指す変化そのものです。その意味では、日銀のマイナス金利政策は「大成功」だったと言えるでしょう。

ですが、この状況は、果たして本当に望ましいものだったのでしょうか?

『リスクの顕現化を未然に防ぎ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持する』という目標に寄与できているのでしょうか?

そもそも、日銀自身、果たしてここまでの大きな変化を想定していたのでしょうか?

■大荒れの金融市場
為替市場や株式市場といった金利市場以外の金融市場でも、マイナス金利政策の影響は小さくありません。為替では、この間、ドル円交換レート(三菱東京UFJ銀行仲値)が、1ドル118.66円から101.63へと、17円3銭も円高が進みました。

日本を基準に考えると、この円高によって米国等海外で買えるほとんどのものが14%程度安く買えることになったのですが、現在の日本政府の成長戦略は輸出志向ですので、極端な円高進行はむしろ招かれざる結果だったと言えるでしょう。

マイナス金利政策導入直後は、それが市場にどのように影響するのか十分に咀嚼(そしゃく)できていなかったこともあり、おそらく良い影響が期待できるのではないかとの思惑から一旦は円安に振れたものの、その後は徐々に円高方向に水準を切り上げていったのです。

日経平均についても、主に円高が進行した影響から、マイナス金利導入前日終値17,041円から6月28日終値15,323へと、1,718円下落しました。

こうした変化は、イギリスの国民投票の結果がEU離脱となったこと等も少なからず影響していますが、その基調を決定づけたのは、間違いなくマイナス金利政策であったと言えるでしょう。

■もはや”死に体”の金利市場
上の図で見たように、国債のイールドカーブは、超長期を含めて全体がいつマイナス圏へ突入してもおかしくないレベルまで低下しています。超長期ゾーンがマイナス圏となれば、超長期の負債が多い生保や年金基金ですら、国債を購入してそのまま保有するという形での投資は行わなくなる可能性があるでしょう。

普通に考えると、マイナス金利、それも日銀当座預金よりもさらに低い利回りでも国債を買うというのは、奇妙な話のようにも思えます。金融機関等が、何故こんな状況ですら金利が低く割高な国債を買うのかと言えば、買った後で日銀がそれをより高値で買ってくれるという「合理的な期待」があるからなのです。

しかし、これは本当に「合理的」なのでしょうか? 日銀も、いつまでも国債を買い続けることは、おそらくできないでしょう。いつかは出口を考えなくてはならないのです。

また、それ以前に、何らかのショックで国債市場が大きく暴落してしまうかもしれません。現在、国庫短期証券も含めた国債保有残高の一割強は外国人が保有していますが、国債市場での取引量で見ると、そのプレゼンスは市場全体の約3分の1にも上ります。市場は保有量ではなく取引によって動きますので、取引量の大きい外国人の存在は国債市場にとって大きなリスクにもなっているのです。

いざという時に「日本を支えよう」という気持ちは、外国人には一切ないと考えておくべきでしょう。

■それでも積み上がる日銀預け金
イールドカーブを大きく引き下げることに成功したマイナス金利政策ですが、これが経済にプラス方向に波及しなかった大きな要因が、直近の日銀資金循環表からおぼろげに見えてきます。

資金循環表によると、国内銀行による日銀預け金は、国内銀行が預かる流動性預金(普通預金等)が30兆円ほど増加したこと等から、2016年第一四半期に約20兆円増加しました。資金供給を増やすと、それが日銀の意図通り民間への貸出しに回ったとしても、巡り巡って日銀預け金を増加させることになるので、それ自体は必ずしも大きな問題ではないのですが、この間の国内銀行による貸出金は2兆円の減少となっているのです。

年度末ということもあり、貸出金の期日も集中しやすいという事情はあるにしても、マイナス金利という大胆な金融政策を導入した割には、あまりにも残念な状況と言えるでしょう。結局のところ、銀行の貸出しが伸びず市中に出回る資金量を思うように増やせないのは、もはや金利水準云々ではなく、資金需要が伸びていないだけのことなのです。

本来の目的にほとんど寄与できていないマイナス金利政策は、イールドカーブを大きく押し下げるという「大成功」の成果を上げたものの、ただただ金融市場のリスクを増大させた、史上稀にみる「大失敗」の悪手だったのではないでしょうか。

【参考記事】
■日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること。
■日本代表FW岡崎慎司のレスター優勝で賭け屋が大損した、本当の理由。
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。
■報道の自由度ランキングは、どう偏っているのか。
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。

報道の自由度ランキングは、どう偏っているのか。


先月、フランスを拠点とするNGO「国境なき記者団」による「報道の自由度ランキング(Press Freedom Ranking 2016)」発表に数日遅れ、米国NGO「フリーダムハウス」が類似の指標である「報道の自由度(Freedom of the Press 2016)」を発表した。

■2つのランキングを比較する
国境なき記者団のランキングは日本の多くのニュース・メディアがセンセーショナルに報道したので、ご存知の方は多いと思う。先進国であるはずの日本が報道の自由度で180カ国中72位(前年61位)と低位にランクされたというニュースは、確かにインパクトがあった。

一方、同時期に発表されたフリーダムハウスの報道の自由度については日本ではあまり報道されなかったので、知らない人が多いかもしれない。

Googleトレンドのスコアではフリーダムハウスが国境なき記者団を圧倒するように、グローバルな認知度ではむしろフリーダムハウスの方が高いとも言えるのだが、日本が全体の44位というフリーダムハウスの結果は良くも悪くもない印象で、ニュースとして扱うには平凡に過ぎたのだろう。

フリーダムハウスのランキングは、ツバルやソロモン諸島等の小国を網羅し、国境なき記者団が一まとめに扱う東カリブ諸国機構(OECS)についてもその構成国をそれぞれ別個に評価していることから、実は評価対象が20カ国も多く、両者を比較するにはまずここを調整しなくてはならない。

両者がどちらもカバーする評価対象は179カ国。その中での日本の順位は、フリーダムハウスが33位、国境なき記者団は変わらず72位だ。72位 vs 44位でも印象はかなり違ったが、72位 vs 33位となれば、違いはさらに際立つ。

では、どちらかの「報道の自由度」が偏っているのだろうか?

■偏りがあるのは当たり前
「報道の自由度(ランキング)」はどちらも偏っているし、そうなるのは当然のことだと言うのが、私の見方だ。こうした定性的な評価に基づく指標には、ランキング作成者の「価値観」が必ず反映されるからだ。

両者の評価手順を比べると、NGO自身が事前に決めた基準に従い専門の分析者が評価するフリーダムハウスに対し、国境なき記者団では当該国の関係者数十名程度のアンケート結果を数式に当てはめて評価値を算出するという違いがある。設定する評価基準や数式をどう決めるか、アンケート回答者として誰を選ぶか等によって、それぞれの組織の価値観が反映される。

評価のプロセスに価値観が反映される以上、そこに相応の偏りが生まれるのは自然なことなのだが、そうした偏りは、両者の評価点の分布によく表れている。

下図では、各国の評価点の平均からの距離を標準偏差の倍率として表し、その分布を比較している。

オレンジ棒が示すフリーダムハウスの評価点は、均一に近い平たい分布だ。基準に従い専門の分析者が評価を行うやり方は、分布を平均的に散らすような調整に向いているのだろう。

他方、青棒が示す国境なき記者団の評価点は、尖度が大きめの分布だ。尖度とは、確率分布の特徴を表す指標の一つで、尖度が大きい分布は中心が鋭く尖る一方、厚く長く伸びた裾を持つ。いわゆるファットテールだ。

左右の非対称性も国境なき記者団の特徴で、低評価方向にのみテールが長く伸びている。多くの国が平均近くに集まる中、一部の低評価の国を特に低く評価した分布だと言えるだろう。平均周辺に多く集中するのは、十分に組織展開できない国ではアンケート協力者を確保しづらい、といった事情があるのかもしれない。

■国境なき記者団はアジアが嫌い?
両ランキングの相対的な偏りがより顕著に表れているのが、地域ごとの扱いの違いだ。国境なき記者団がフリーダムハウスと比べ特に厳しく評価したのは、もちろん日本だけではない。

両者の評価順位の差を相対的な厳しさの指標とすると、国境なき記者団が最も厳しく評価した国はフィリピンで、以下、インド、マリ、インドネシア、ブルガリア、イスラエル、東チモール、モンテネグロ、日本と続く。アジアの国が目立つ印象だ。

実は、二つのランキング順位の差を地域ごとに平均すると、アジア太平洋が断然、国境なき記者団が相対的に厳しい態度をとっていることが分かる。(フリーダムハウスが相対的に優しい。)

逆に、ユーラシア(ロシア等)に対しては、フリーダムハウスの方が相対的に厳しい。(国境なき記者団が相対的に優しい。)

米国のNGOがアジアに相対的に寛大で、フランスのNGOが旧ソ連地域に相対的に寛大だという傾向には、納得できる。政情や歴史的経緯、地政学的な関係等が影響しているのだろう。

表:ランキング順位差の地域別平均

ユーラシア       -14.8位(かなり優しい)
サブサハラ・アフリカ  -7.7位(優しい)
北中南米        +1.4位(ほぼ同程度)
中東・北アフリカ    +1.5位(ほぼ同程度)
ヨーロッパ       +5.7位(厳しい)
アジア太平洋      +13.8位(かなり厳しい)

注:
ランキング順位差=国境なき記者団の順位 - フリーダムハウスの順位
()内は、フリーダムハウスと比較した場合の国境なき記者団の相対評価

とは言え、地域ごとの平均がマイナス14.8位やプラス13.8位だと言われても、それがどの程度の偏りなのか、あまりピンとはこない。

そこで、これを分かりやすく見るため、179カ国の順位差の分布を所与の確率分布と見なし、ランダム抽出による出現確率をシミュレーションにより概算してみた。

結果は、ユーラシア12カ国の平均が-14.8位以下となる確率が約0.26%、アジア太平洋32カ国が+13.8位以上となる確率は約0.034%である。

どちらも、かなり低い確率だ。

■比較して分かること
このように二つの「報道の自由度(ランキング)」を比べることで、どちらが正しいか分かるかというと、そうではない。そもそも、どちらか一方が正しいというようなものではない。

日本に関して明らかに言えるのも、「誰がどのような方法で計測するかによって、同様の指標で72位にもなれば33位にもなる」ということくらいだろう。

だが、身も蓋もない言い方になるが、こうしたランキングに一喜一憂するのが如何に馬鹿らしいかということだけは、分かって頂けるのではないだろうか。

【参考記事】
■日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること。
■日本代表FW岡崎慎司のレスター優勝で賭け屋が大損した、本当の理由。
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。
■軽減税率で一番損なのは誰か、分かりやすく解説してみました。
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。

日本代表FW岡崎慎司のレスター優勝で賭け屋が大損した、本当の理由。


今月2日、サッカー日本代表FW岡崎慎司が所属するレスター・シティが、イングランド・プレミア・リーグ(1部リーグに相当)を創立132年目にして初めて制覇した。一昨年まで2部リーグに所属し、7年前には3部リーグ落ちまで経験していたチームの優勝は、チーム関係者や熱狂的な地元レスターのファンたちですら思い描くことのできなかったストーリーだ。

このレスターの「奇跡の優勝」によって大きな損失を被るのが、ブックメーカーと呼ばれる賭けの胴元だ。日本では公営ギャンブルを除けば合法的に賭けの胴元にはなれないが、イギリスではまったく事情が異なる。行政に登録さえすれば、誰でも胴元になれるのだ。(ここでは「胴元」を、賭けを企画・運用する事業者等とする。)

■ブックメーカーはいくら損したのか?
胴元であるブックメーカーが負けた金額については1500万ポンド程度とする報道も多いが、全国紙INDEPENDENT(web版)の5月4日付記事は、胴元の払戻総額が2500万ポンド(約39億円)に達するだろうと伝えている。一方、AFP BB NEWS(5月1日付)によれば、大手ブックメーカーWilliam Hill は自身のレスター優勝による払戻見込額を300万ポンドとし、その場合の損失を220万ポンド程度と見込んでいる。これを平均的な水準だと考えると、総額2500万ポンドの払戻しによる業界全体の損失額はおよそ1800万ポンド(約28億円)だ。

世界一メジャーなスポーツの1シーズン通した賭けで28億円というとそれほど大きくない印象もあるが、見方を変えれば、これは数多くある賭けの企画のうちたった一つの賭けによる損失である。一つの賭けで胴元側に一方的にこれだけの損失が発生するというのは、おそらく他に例がない大事件だ。

■5001倍は美味しかったのか?
胴元が絶対に負けることのない日本の公営ギャンブル等で採用されるパリミュチュエル方式とは異なり、イギリスで広く採用されるブックメーキング方式では、胴元は常にリスクをとっている。だが、他チームへの賭け分も含めた売上総額の4倍近い払戻しが発生する状況は、さすがに誰にも想像できなかったはずだ。(パリミュチュエル方式では、賭け金の総額から胴元の取り分を差し引いた上で、残りを的中者に分配する。トータリゼータ方式とも呼ばれる。)

通常、ブックメーキング方式の胴元は、一つの企画ごとに収支が一定レベルになるよう賭け目ごとのオッズ(賭けの倍率)を設定する。英BBCが紹介した、開幕直後の途中清算によって購入額50ペンスに対し45ペンスの払戻しを受けた例から、胴元が期待する賭けの収益は売上の一割程度と考えるべきだろう。想定される優勝確率に期待収益分の調整を加え、各賭け目のオッズを適当なレベルに設定した結果、賭け金が適当に分散されれば、胴元として上手くリスクを管理できたことになる。

レスター優勝で胴元が大損したのは、端的に言えば、このリスク管理が上手くできなかったせいだ。だが、それは、開幕前に設定された5001倍というオッズが大きすぎた(=美味しすぎた)からではない。昨シーズン成績(11勝19敗8分)の「勝ち」「引き分け」「負け」の確率を前提に考えれば、5001倍は賭ける側にとっては実は“不味い”オッズなのだ。

過去のプレミア・リーグ優勝チームの中で獲得勝ち点が最も低かったのは、1997年に優勝したマンチェスター・ユナイテッドの75点なのだが、昨シーズンのレスターが38試合で勝ち点75点以上を得る確率は、数万回に1回程度にしかならない。(筆者によるシミュレーションでは、27,594回の試行で1回発生。)

では、リーグ開幕前の5001倍という“不味い”オッズではまったく売れなかったかと言うと、そんなことはないだろう。競馬等を対象とした行動経済学の研究では、オッズの大きい大穴馬券は期待値以上によく売れることが知られており、大穴バイアスと呼ばれている。“不味い”わりには良く売れたのではないだろうか。

だが、大穴バイアスやレスター・ファンの応援だけで胴元であるブックメーカーが大損したと考えるのは早計だろう。

■胴元が大損した本当の理由
優勝チーム予想のオッズは、開幕後対戦が消化されるにつれ調整される。通常、想定より成績が良ければ、オッズは徐々に縮小する。しかし、今期のレスター・シティの場合はそうではなかったらしい。

AFP BB NEWS記事等によれば、開幕前に5001倍だったオッズは、引き分けたボーンマス戦(8月29日)後に一旦2501倍と縮小した後、勝ったノーリッジ戦(10月3日)後に再度5001倍に戻っている。(図はオッズの推移を逐一示すものではない。)

実は、8試合経過後に提示されたこの5001倍は、“美味しい”オッズなのだ。ブックメーカーによるミスプライシング(誤った価格設定)である。

8試合経過した時点では、昨年の成績に8試合目までの成績を加味した「勝ち」「引き分け」「負け」の確率を前提に優勝確率を考える人なら、4600倍程度よりも大きければ十分“美味しい”オッズだ。だが、過去の戦績から確率で考える人の中には、最近の成績をより重要視する人も少なくない。仮に、今期の一試合ごとのウェイトを二倍にして上と同様のシミュレーションをすると、860倍程度がこの時点での妥当なオッズになる。これらの人たちにとっては、大きなアービトラージ(裁定取引)のチャンスである。

真に妥当なオッズは誰にも知りようがないが、8試合経過した時点の5001倍を多くの人が“美味しい”オッズと評価したのは間違いない。そして、胴元にとって誤算だったのは、その“美味しい”レスター優勝オッズが想定をはるかに超えて売れたことで、他チームが優勝する賭け目の売上とのバランスが大きく崩れてしまったことだろう。リスク管理の失敗だ。

その後の5試合でレスター・シティが4勝1分の好成績を上げたため、オッズを急速に縮小させたものの、時すでに遅し。この時点で、既に大きな評価損を認識していたのではないだろうか。

レスター・シティの優勝でイギリスの賭けの胴元が大損したのは、単に運が悪かったせいではなかったのだ。

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■【日米比較】お金持ちは本当にケチなのか?

日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること。


国連「持続可能な開発ソリューションズ・ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network)」は今月16日、『世界幸福度レポート2016年版(World Happiness Report 2016)』を発表しました。

3/17付CNN.co.jp記事『国連の幸福度報告書、トップはデンマーク 日本53位』では、以下のように報じています。

幸福度が高い国としてはデンマークが1位で、昨年トップだったスイスは2位に下がった。
4年前から発表されている同報告書で、デンマークがトップに立つのは3回目。16年版の3位以下にはアイスランド、ノルウェー、フィンランドが続いている。
6~10位はカナダ、オランダ、ニュージーランド、オーストラリア、スウェーデンだった。
経済大国の中では米国が13位、ドイツが16位に入ったが、英国は23位にとどまり、日本は53位、ロシアは56位、中国は83位と振るわなかった。

日本人の幸福度が他の国の人たちと比べて低くなりがちだというのは、これまでも様々な調査で指摘されてきた点です。このニュースもいくつかのメディアで報じられましたが、調査内容を良く把握せずに調査結果だけを大きく取り上げてしまった例も見受けられました。これは、あまり褒められたことではないでしょう。

■幸福度って何?
国連版「幸福度」調査の内容については、例えば、3/18付WIRED.jp記事『デンマーク「世界で最も幸福な国」に:国連の幸福度ランキング』で、

2016年版の「世界幸福度ランキング」が発表された。報告者によると、総合的な幸福度には、経済的状況のほか、「幸福度の平等さ」や「社会的支援」などが反映されているという。

と説明されているように、「経済状況」、「幸福度の平等さ」、「社会的支援」等の複数のパラメーターから算出されていると思っている人は、少なくないのではないでしょうか?

しかし、実はそうした理解は、まったくの勘違いと言ってよいでしょう。

国連版「幸福度」は、「キャントリルの梯子の質問(the Cantril ladder question)」によって回答者の「主観的幸福度(subjective happiness)」を測定し、国ごとにその平均を算出したものです。また、「キャントリルの梯子の質問」は、「ありうる最悪の人生」を梯子の0段目、「ありうる最高の人生」を梯子の10段目としたときに、「現在」自分が何段目にいるのかを回答してもらうための質問なのです。

国連版「幸福度」が複数のパラメーターから算出されているものと勘違いしてしまう人が多いのは、報告書の中で、(1)経済水準(一人当たりGDP)、(2)社会的支援、(3)健康寿命、(4)人生選択の自由、(5)寛容さ、(6)腐敗認知度の6つのパラメーターを説明変数として回帰分析を行っているためでしょう。

6つのパラメーターから「幸福度」を算出したのではなく、アンケート結果から各国の「幸福度」を算出した上で、6つのパラメーターを説明変数として用いた数式によって、その「幸福度」をどうにか推計しようとしたわけです。

また、報告書では、「キャントリルの梯子の質問」に対する回答の標準偏差を「幸福度の平等さ」と定義し、比較しています。標準偏差は、データの散らばりを表す統計指標です。

■幸福度と推計値の違い
下図は、アンケート調査の結果である「幸福度」と、「幸福度」のデータを回帰分析することで得られた6つのパラメーターによる推計値を比較したものです。斜め線の上側に位置する国は推計値よりも実際の値が低く出ている国で、逆に下側に位置する国は推計値よりも実際の幸福度が高く出ている国になります。

乖離幅が大きければ大きいほど、回帰分析で得られた6つのパラメーターによる数式では説明しきれない「要因」が大きいことを意味しています。中国本土への同化が不安の香港や深刻な紛争が進行中のシリア等は、分かりやすい例と言えるでしょう。

日本は、アンケート結果から得られた「幸福度」が推計値よりも低く出ているグループの一員ですので、「幸福度」では全体の53位と低迷しましたが、推計値で比較すると23位になります。これは、「経済水準(一人当たりGDP)」だけで比較した場合の26位よりも良い結果です。全体の3位と健闘した「健康寿命」によるところも大きいのでしょう。「寛容さ」は137位と残念な結果となりましたが、他のパラメーターと比べて寄与度は低かったと考えられます。

<<パラメーター別順位>>
幸福度       53位
推計値       23位
(1) 経済水準      26位
(2) 社会的支援     23位
(3) 健康寿命      3位
(4) 人生選択の自由   45位
(5) 寛容さ       137位
(6) 腐敗認知度     32位

推計値は、紛争中の国等を除けば、グローバルで見た場合の客観的な「幸福度」を表していると言えるのですが、日本人は客観的な「幸福度」のわりに主観的な「幸福度」を低く回答するという傾向があります。これは、要因の一つとしてですが、日本人が悲観的すぎて、本当は身近にある当たり前の幸せを感じ難くなっている可能性が挙げられます。

しかし、おそらくそれ以上に日本人の「幸福度」を押し下げている要因は、以前『国際世論調査で際立つ、日本らしさ』と題した記事で書かせていただいたように、日本人の「はっきりした意見を言えない(言わない)」気風ではないでしょうか。

「わからない度」と「決められない度」で総合一位の日本は、「まぁまぁ」くらいの回答が断然多くなることから、アンケート調査結果として記録される表向きの「幸福度」は、どうしても実態よりも低くなってしまうのだろうと思うのです。

以下の記事もぜひ参考にしてください。

<<参考記事>>
■国際世論調査で際立つ、日本らしさ。
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。
■軽減税率で一番損なのは誰か、分かりやすく解説してみました。
■【日米比較】お金持ちは本当にケチなのか?

ショーンK氏の経歴詐称は、インチキ住宅ローンが詰まったモーゲージ債と知りながらCDSを売るようなもの。


テレビ朝日の看板番組「報道ステーション」等でレギュラー・コメンテーターをつとめたショーンK氏が経歴詐称疑惑により同番組等を降板した問題について、既に多くの方が色々な意見を述べられています。誰と言うわけでもないのですが、まるで経歴詐称を些末なことのように考える人が少なからずいたことは、私自身にとっては驚きでした。彼がどんなに素晴らしいナイスガイだったとしても、経歴や資格を偽って営業を行う詐欺的行為は許されるものではないのです。

ショーンK氏自身は、既にそうした詐欺的行為の代償を払う形で、彼の原点とも言えるFM局のナビゲーターも含め、マスメディアでの仕事をすべて自粛しています。本業とされる経営コンサルタントとしての仕事にも大きな影響があることでしょう。

自分がこれまで積み上げたものをすべて台無しにしてしまうリスクを考えると、いつまでも経歴詐称を続けるというのは合理的ではないように思うのですが、なぜ早い段階で思い止めることができないのでしょうか。

■経歴詐称のリスクとは
ショーンK氏が最初に大胆な経歴詐称を行ったのは、おそらくFMラジオのナビゲーターとして世間に露出することになった前後のことでしょう。この段階ではまだそれほど知名度もなく目立った存在ではないため、詐称がバレる確率Pも、仮にバレた場合のインパクトIも小さく、安易な思い付きで禁断の果実に手を出してしまったのかもしれません。

ここで、経歴詐称のリスクRは、バレる確率Pとバレた場合のインパクトIの積で表されます。
R(リスク) = P(発生確率) × I(発生した場合のインパクト)

(確率とインパクトを掛け合わせてリスクを評価するのは、分野に拘わらずリスク管理の基本中の基本ですので、ぜひ覚えておくと良いと思います。)

その後、詐称によって強化されたキレッキレの経歴を生かして出版やテレビ等へ活躍の場を広げたわけですが、そうして知名度が高まるにつれ、詐称がバレてしまう確率が上昇し、同時にバレた場合のインパクトも大きくなりました。

確率やインパクトと知名度の間に線形の関係を仮定すると、それらの積である経歴詐称のリスク(=確率×インパクト)は、知名度の二乗の関数になります。ショーンK氏が活躍すればするほど、活躍以上にリスクが増大していたのです。

■経歴詐称は割に合わない
経歴詐称による利益がそのリスクの大きさに比べてリーズナブルであるためには、知名度が十分低くなくてはなりません。ショーンK氏のように自分を広く知らしめようとする場合、経歴詐称という一種のマーケティング手段は、法的や道義的に問題なだけではなく、経済的にも割に合わない悪手だと言えます。

それにも拘らず、いつまでも経歴詐称を続けてしまうのは、上手くいっているときには、それがいつか破綻するかもしれないという当たり前のことが、当たり前として考えられなくなるためでしょう。バブルに踊る間は、目の前にどんなに明らかな兆候があってもそれがバブルだと気づけないものです。

経歴詐称によって営業を強化する一方で人生が破綻するリスクにさらされる状況は、自分自身の破綻を賭けの対象にするCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を売ってプレミアム収入を得るのに似ています。

賭けの対象が破綻リスクの高い「インチキ住宅ローンばかりを詰め込んだモーゲージ債」だと知りながらそのCDSを売るのは、映画『マネー・ショート』で破綻の危機に陥ったCDSの売り手もやらない、狂気の沙汰と言えるでしょう。

(CDS取引については、ぜひ参考記事をご覧ください。)

≪参考記事≫
・映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。
・セレーナ・ゴメスのあのシーンが分かる。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 上級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初~中級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編
・話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。

映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。


映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、良くできた秀逸な映画だと言って良いだろう。難しいテーマを上手く観客に伝える工夫ができていると思う。

■難解な専門用語は、理解するより体感せよ
この映画の中で飛び交う金融用語のいくつかは、金融機関で働く人の多くも本当はあまりよく理解していない専門用語だ。CDOとCDSが何なのか説明できない人は少なくないだろう。

だが、そうした難しい専門用語を、観客にとって身近な、積み木やクッキング、ギャンブル等に例えることで、用語を一つ一つ理解させるのではなく、テンポ良く直感的に掴ませるようにした演出が良かった。

例えば「CDSを内包することによって裏付資産ではないMBSやCDOのリスクに基づく新たなCDOを合成する」という、ちょっと文章で読んでも簡単には理解できない概念ですら、セレーナ・ゴメスや別の野次馬を賭けの対象にしながら野次馬が増殖していく映像によって、観客に「説明できないけど何となく分かった」という気にさせたのだ。
(この点については、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識(上級編)で解説している。)

映画で「何となく分かった」と思うことができれば、こちらのもの。金融に詳しくない人でも、十分楽しむことはできるはずだ。

ただ、上手く「何となく分かった」という波に乗ることができなければ、途中で溺れてしまうだろう。頭で理解しようとして溺れてしまった人にとっては、極めてつまらない映画に感じたかもしれない。

■日本人が溺れてしまう理由
この映画を観ていて波に乗れず溺れてしまった人の中には、金融の知識が決定的に足りずにそうなった人も少なからずいるとは思う。しかし、住宅ローンがどんなものなのか、投資をするということがどういうことなのか、そういう本当に基本的な知識は、わざわざこの映画を観に来る人ならたいてい持っているだろう。

一方、この映画のキーワードでもある、MBS、CDO、CDS等の専門用語は、理解できなくても十分楽しめるようにできていたように思う。実際、用語の解説をするレビュー記事等で、何度か誤った理解に基づく解説を目にすることがあった。少なくとも彼らは、キーワードをちゃんと理解せずにこの映画を楽しんだわけだ。

思うに、波に乗れずに溺れてしまった人の多くは、「CDSを買うことによる空売り」という部分を理解しようとして混乱してしまったのではないだろうか。「売りたいのに買う」って、一体全体どういうことなのかと。

この問題の起点は、実はそもそも英語の「ショート(Short)」を「空売り」と訳してしまったことだろう。主人公たちの姿勢として「マーケットに対する空売り」とするのは分かり易くて良いと思うが、「ショート」が本当に意味するのは「売り」のポジションであって、「空売り」ではない。「空売り(Short Selling)」は、「ショート」の一形態(若しくはそれに至るアクション)でしかないのだ。

CDSを買うと、それが参照するMBSやCDOが毀損することに賭けたことになるので、それらに対してショートのポジションとなるが、読みが裏目に出た場合に損失に限度がない株の空売りとは異なり、損失は定期的に支払うプレミアムに限られている。

CDSの買いは、MBSやCDO等が毀損するリスクをカバーする、プレミアムさえ払えば他人でも掛けられる保険のようなもので、保険をいくら掛けても空売りとは違うというのは当たり前だ。株式市場で例えれば、空売りではなく、株価オプションの「プットのロング(買い)」になるのだ。(プットは「合意された価格で売る権利」。)

ショートは、そのままショートと言って通じれば良いのだが、日本ではそれは難しい。他方、それほど難解な言葉ではないため、映画の中で詳しく解説されることもない。

もしかすると「CDSを買うことによる空売り」を理解しようとして混乱した人の多くは、事前に、「空売り(ショート)とは、株を借りて市場等で売却し、値下がりしてから買い戻すこと」等と頭にインプットした上で、映画を観ながら一々しっかり理解しようと頑張っていた生真面目な人たちなのではないだろうか。

(CDS取引の考え方については、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識(上級編)で解説している。)

■映画はすべての真実を伝えない
映画の中では終始悪役を演じることになったウォール街だが、そんな明らかな「悪役」の存在は、映画を分かり易く面白くする。だが、そこで描かれているものをすべて鵜呑みにしてしまうレビュワーの多さに、私自身は薄ら寒い思いがした。

未曽有の経済危機の火種となったアメリカの住宅市場と債券市場の双子のバブルは、皆が同時に同じ方向を向き、その道こそが正しい道だと信じて疑わなかったことで生じたものだ。日本のバブルも似たようなものだろう。

そんなときは、たいていその先に何か良くないものが待っているものなのだ。

(参考記事の後に、ネタバレ豆知識編あり。)

≪参考記事≫
・セレーナ・ゴメスのあのシーンが分かる。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 上級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初~中級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編
・Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。
・不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。

■付録 - ネタバレ豆知識編
・ 終盤の少し手前で、MBSの価格上昇とCDSの保証金の増額が同時進行していた場面の解釈
住宅ローンのデフォルトが増えると、まず比較的低い格付のMBS/CDOが毀損する懸念が拡大する。そうすると、それまでその周辺に投資していた投資家は、低格付のMBS/CDOから資金を引き揚げ、より高い格付の債券に殺到するため、人気の高格付ゾーンでは価格が上昇する。

一方で、CDSを売っていたドイツ銀行から見て、(同じく大量にCDSを売っていた)モルガン・スタンレー(MS)の支払能力が(実際にそうであったように)大きく低下したため、MSの子会社による将来のプレミアムの支払を担保するための保証金の増額を求めた。

・ シンセティックCDOによるCDSエクスポージャーの拡大
シンセティックCDOをアレンジし、内包するCDSの買い手となることで、主人公たちと同じようにマーケットに対するショートを積み上げることができた。元々CDSの売りを持っていた場合は、そのエクスポージャーを縮小可能。

逆に、シンセティックCDOの投資家は、内包するCDSの実質的な売り手であるため、マーケット全体に対してロングを積み上げることとなった。きちんと理解せずにCDSへのエクスポージャーを積み上げた投資家もあっただろう。モルガン・スタンレーもそうだったのかもしれない。

セレーナ・ゴメスのあのシーンが分かる。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 上級編


映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識シリーズ第四弾(上級編)は、映画の中で実際に描かれているシーンのうち一般の映画ファンの皆さんにとって特に分かりにくいだろうと思われる部分について解説したいと思います。

ストーリー全体が最初からネタバレしてしまっている映画でもありますし、多少のネタバレはご容赦ください。

ここで取り上げるのは、次の二点です。
・ 行動経済学者リチャード・セイラーと歌手セレーナ・ゴメスによるシンセティックCDO(合成CDO)の解説シーンについて。
・ 「CDSを売る」「CDSを買う」「買ったCDSを売る」ということがどういうことか。

話がやや細かくなりますので、よりベーシックな部分を大雑把に見ておきたいという方は、ぜひ以下の記事をご覧ください。
・ 「初心者編」
・ 「初~中級編」
・ 「サブプライムローン編」

また、記事の末尾では、基本用語とキーワードを大雑把に説明しています。

■MBS役を演じたセレーナ・ゴメス
映画の中で猛スピードで飛び交う金融用語のいくつかは、一般の方どころか、実は金融業に従事する人の多くも、本当はあまりよく理解していないレベルの専門的な言葉なのです。難しい言葉が出てくる映画は他にもたくさんあると思うのですが、初めから終わりまでそうした難解な言葉が重要な役割を担う映画は多くはないはずです。

その難解な物語を、多くの人にとって身近な積み木やクッキング、ギャンブル等になぞらえることで、一々理解させるのではなく、テンポ良く感覚的に掴むことを目指した手法は秀逸でした。私などからすると「うーん」と首を傾げてしまうような説明なのですが、観客を置き去りにしないためにはとても効果的だったことでしょう。

カジノでセレーナ・ゴメスが説明したシンセティックCDO(合成CDO)は、そんなキーワード解説シーンの中でも、おそらく最も「何となく分かったような気がしたが実はよく分かっていない」人が多いシーンなのではないでしょうか。

シンセティックCDOを説明するためにブラックジャックに興じるセレーナが演じていたのは、実はただのギャンブラーではなく、MBSでした。もちろん「最も美人なシンガー(MBS)」ではなく、モーゲージ担保証券(MBS)の方です。

下図は、シンセティックCDOの仕組みを簡単にまとめたものです。この図では、MBSのトランシェ2がセレーナで、セレーナの勝ち負けに賭けていた「野次馬」がシンセティックCDO発行体とCDS買い手です。

MBSであるセレーナ・ゴメスの成績を対象としたCDSをCDO発行体が売ることで、CDSの買い手から定期的にプレミアムを受取り、それを担保債券からの元利に上乗せして投資家に販売するシンセティックCDOの利回りを高めたり、担保債券の信用力を補完する保証の原資とするのです。

モーゲージやMBSを担保資産とする代わりに、格付がついたMBSトランシェがデフォルトした場合に毀損額に見合う金額を支払う義務を負うCDSを売る(=デフォルト・リスクをとる)ことでプレミアム収益を得る仕組みが、シンセティックCDOのキモなのです。

参照するトランシェは、図ではMBSとしていますが、もちろんCDOのトランシェでも良いわけです。「別のシンセティックCDOトランシェを参照するシンセティックCDO」を表現したのが、「野次馬が別の野次馬の勝負を賭けの対象にする」シーンでした。

理論上は、映画の野次馬たちのように、無限に増殖可能なのです。

■CDS取引について
前項で取り上げたシンセティックCDOの仕組みの中でも重要な役割を担っているCDS取引ですが、そもそもCDSの売買やCDSの金額が意味するのがどういうことなのか、ここが釈然としない人は多いと思います。

映画では、まず、クリスチャン・ベイルやブラッド・ピット(以下、「彼ら」)と銀行や保険会社(以下、「銀行」)の間で、
・ 「銀行」による「CDSの売り」
賭けの対象となるMBSやCDOに損失が出た場合に、損失に見合う金額を支払う義務を負う。
・ 「彼ら」による「CDSの買い」
賭けの対象となるMBSやCDOに損失が出た場合に、損失に見合う金額を受取る権利を持つ。
というCDSの相対契約が結ばれます。

「買う」側の「彼ら」が「プレミアム」と呼ばれる金額を支払い、「売る」側の「銀行」がプレミアムを受取ります。このプレミアムは、損失時に発生する支払い義務に対する見返りです。

「買う」と賭けの対象に対して「ショート(売り)」、「売る」と賭けの対象に対して「ロング(買い)」となるのが、CDSの特徴です。

当時のCDSは、MBSのような比較的標準化されて市場で頻繁に取引される金融商品ではなく、契約当事者たちの相対取引でしか結ばれない特殊な金融取引でした。相対取引なので、プレミアムの値段は当事者間の合意で決まります。

ベイルの場合はおそらくBBB以下の低格付(即ち、A以上の高格付に比べデフォルトしやすいと評価される)のMBSの損失に賭けたので、年間のプレミアムは「想定元本」の10~20分の1と高額でした。一方、デフォルトし難いと想定されたA~AA格付のCDOトランシェを賭けの対象としたCDSを買ったブラピの場合は、「想定元本」の200分の1程度のプレミアムを払うことで賭けが成立しました。

「想定元本」とは、映画の中で「X億ドルのCDS」と言う場合の「X億ドル」です。大雑把に言えば、「彼ら」は、当たったら「X億ドル」もらえる大穴馬券を、馬券代金であるプレミアムを定期的に支払うことで、買っていたわけです。

また、映画の終盤では、利益を確定するために「彼ら」は「CDSを売る」ことを考えるのですが、ここでの「CDSを売る」というのは、最初の「CDSの売り」とは異なります。この「CDSを売る」は、「「彼ら」が持つ「CDSの買い」の権利を、他の投資家や「CDSの売り」の義務を負う「銀行」に売る」ことを意味していたのです。(「銀行」が買えば、権利と義務が相殺されます。)

■CDSによる「ショート」は「空売り」か?
原作の訳文にケチをつけるようで心苦しいのですが、上で説明したようなCDS取引によるショート(=CDSの買い)は、「空売り」とは似て非なるものと言って良いでしょう。

株等のいわゆる「空売り」は、裏目に出た場合の損失に限度はありませんが、「CDSの買い」では損失はプレミアムに限られます。(株価オプションで言えば、プットのロングに相当します。)

邦題の『マネー・ショート』も内容にマッチしているか微妙なように、実際に作品にかかわった人たちですら、どう表現すべきか難しく感じていたのではないでしょうか。

多少分からないところがあっても、分かったつもりで楽しむことができれば、それはそれで良いのかもしれません。

≪参考記事≫
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。

■基本用語とキーワード
ここでは、基本用語と映画のキーワードをおさらいします。(各用語を大雑把に理解するのが目的であり、法律等による定義とは異なる場合があります。)

<基本用語>
「モーゲージ(Mortgage)」
元々の意味は「抵当権」だが、住宅ローン(不動産ローン)も意味する。(一般の方には聞きなれない言葉ですが、住宅ローンと同義だと考えれば良いでしょう。)

「証券化(Securitization)」
モーゲージ等から将来回収される資金をスケジュールされた元利金返済に充てる「債券型の金融商品」を組成して、資金調達を行うこと。裏付けとなった資産は元の保有者から切り離され、保全される。(債券以外の金融商品として組成される場合もあります。)

<キーワード>
「サブプライムローン(Subprime Loan)」
本来の意味は「プライム(優良)よりは劣るローン」。信用力(返済能力)の低い低所得層でも住宅を買えるように設計され、住宅市場の急拡大に併せてバンバン実行された住宅ローン。単に「サブプライム」と呼ばれることもある。住宅価格の下落により返済不能に陥る借り手が続出し、未曽有の経済危機の火種となった。

「MBS(Mortgage Backed Securities, モーゲージ担保証券)」
複数のモーゲージを集め、証券化によって作られる債券。住宅ローンの回収金から、ローンの貸倒れ損失、事務費用等を差し引いた後、MBS投資家への元利金の分配が行われる。

「CDO(Collateralized Debt Obligation, 債務担保証券)」
普通に日本語に訳すと「債務担保証券」となるが、実際には、将来受け取る予定の金融商品(MBS等)の元利金等をもとに、証券化によって作られる「債券型の金融商品」。

「CDS(Credit Default Swap, クレジット・デフォルト・スワップ)」
債券等の金融商品の発行体(企業や国など)や担保資産の状況が悪化する等、事前に決められた理由で損失が発生する場合に、CDSの売り手がCDSの買い手に対し、その損失に見合う金額を支払うことを約束する取引。デリバティブ取引の一種。

映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初~中級編


リーマンショックに至る経済危機が舞台の実話をもとにした映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』が、いよいよ公開されました。私自身、1999年に日本で初めて「モーゲージ担保証券」を組成した経験もあることから、この映画を観るのをとても楽しみにしていました。

映画の中では一般の人が普段耳にしない金融用語が終始飛び交っているのですが、テンポ良く駆け抜けるように話が展開されるので、あまり細かい部分を気にしなくても十分楽しめるだろうと思います。

その上で、一般の映画ファンの皆さんがこの映画を観た後の満足度をさらに一段高いものにするために、映画に関連した基礎知識をできるだけ分かりやすくお伝えすることにしました。これはその第三弾となります。

ご自身の金融知識に併せて、これまでに書いた「初心者編」「サブプライムローン編」なども、参考にしていただければ幸いです。

また、記事の末尾で基本用語とキーワードの解説をしています。必要に応じて参考にしてください。

■MBSやCDOがAAAになる理由
多数のサブプライムローンを束ねて証券化したMBS(モーゲージ担保証券)や、そのMBSをさらに束ねて証券化したCDOが、AAAのような高い格付を付与されるのは何故でしょうか?

MBSの場合、ジニーメイやファニーメイ、フレディマック等の政府系金融機関が元利払いを保証する仕組みになっていたものも多く、連邦政府レベルの信用力を背景に高格付けがつけられました。

また、民間企業による証券化でも、AAA格の信用がある保証会社や保険会社による保証をつけることで、AAA等の高い格付を比較的簡単に取得することができたのです。(保証がないものもある。)

そうした保証の仕組みに加え、モーゲージをたくさん束ねることによる分散効果も高格付に寄与しました。また、過去数十年にわたる経験から常識化していた「住宅価格は上昇し続ける」という見方も、高い格付をサポートしました。

住宅ローンの返済は長期にわたるため、最初に元本が返る「優先」、後で元本が返る「劣後」、最後に余った金額をすべて受け取る「残余」等、「トランシェ」と呼ばれる複数のパートに分割されました。借り手が返済不能になるリスク(デフォルト・リスク)の影響は返済の順序が先であるほど小さいため、「優先」トランシェには高い格付が付与されたのです。

■MBSはインチキか?
MBSや証券化と言うと、よく分からないインチキな金融商品という印象をお持ちの方も少なくないかもしれません。ですが、少なくとも日本においては、そうした考えは正しいとは言えないでしょう。

当時の米国の証券化市場が決定的にダメだったのは、市場が過熱したために住宅市場におけるバブルを生み出してしまったことと、住宅市場の過去のパフォーマンスを唯一神のように妄信してしまったこと、商品の極端な複雑化によって誰もそのリスクを正しく評価できなくなってしまったことなどでしょう。これらは、日本の証券化市場とは大きく違っていました。

実はMBSは、日本でもこれまで数多く組成されています。作りはシンプルなものが多く、私の記憶に間違いがなければ、複雑なCDOは組成されてはいません。裏付けとなる住宅ローン資産の情報も、投資家に対してはかなり詳しく開示されていたと記憶しています。

アメリカ発の金融危機によって、そうした日本の証券化市場が大きく縮小したのは皮肉なことでした。

ちなみに、銀行等が融資している住宅金融支援機構のフラット35はほぼすべて証券化されますが、これは、米国の政府系MBSを参考に、日本の法制度や慣行に合わせてシンプルな形でデザインした、MBSに類似した金融商品です。

■あなたはもう証券化されている
フラット35が証券化されているのはわりと有名な話だと思いますが、日本の一般の皆さんにとって、もっとずっと身近な「あるもの」が証券化されているのは、あまり知られてはいません。

実は、ソフトバンクの割賦(分割払い)債権は、結構な割合が証券化されています。利用する携帯キャリアがソフトバンクだという方は日本全体で25%ほどだそうですが、若者世代ならおそらくもっと比率が高いでしょう。

また、ソフトバンクだけではなく、クレジットカードの支払いや各種の分割払い契約など、いろんなものが証券化されている場合もあるでしょう。

もしかすると、あなたはもう既に証券化されているかもしれません。

そんなふうに考えると、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の一見自分に縁がないように思える世界も、何となく身近に感じられるのではないでしょうか?

(注: 自分の債務が証券化されても、どうってことはありません。)

≪参考記事≫
■映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編
■Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。

■基本用語とキーワード
ここでは、基本用語と映画のキーワードをおさらいします。(但し、各用語を大雑把に理解するのが目的であり、正確な定義とは異なる場合があります。)

<基本用語>
「ショート」と「ロング」
一般的には長さが「短い」と「長い」を意味するが、金融市場では「ショート」が「売り」、「ロング」が「買い」を意味する。(普通に長さを意味する場合もある。)

「債権」と「債務」
契約等に基づいて金銭の支払い等を受ける権利が「債権」。逆に、支払い等を行う義務が「債務」。住宅ローンの場合、借り手は元本と利息を期日どおり支払う「債務」を負っており、貸し手は元本と利息を受け取る「債権」を持つ。「債権」は売買可能。

「債券(Bond, ボンド)」
国や自治体、企業等が資金調達のために発行し、投資家が買う金融商品の一種。国債や社債等。株式との大きな違いは、発行した企業等が元本や利息の返済を期日までに行うことが予め決まっている点。

「モーゲージ(Mortgage)」
元々の意味は「抵当権」だが、住宅ローン(不動産ローン)も意味する。(一般の方には聞きなれない言葉ですが、住宅ローンと同義だと考えれば良いでしょう。)

「証券化(Securitization)」
モーゲージ等から将来回収される資金をスケジュールされた元利金返済に充てる「債券型の金融商品」を組成して、資金調達を行うこと。裏付けとなった資産は元の保有者から切り離され、保全される。(債券以外の金融商品として組成される場合もあります。)

<キーワード>
「MBS(Mortgage Backed Securities, モーゲージ担保証券)」
複数のモーゲージを集め、証券化によって作られる債券。住宅ローンの回収金から、ローンの貸倒れ損失、事務費用等を差し引いた後、MBS投資家への元利金の分配が行われる。

「CDO(Collateralized Debt Obligation, 債務担保証券)」
普通に日本語に訳すと「債務担保証券」となるが、実際には、将来受け取る予定の金融商品(MBS等)の元利金等をもとに、証券化によって作られる「債券型の金融商品」。

「CDS(Credit Default Swap, クレジット・デフォルト・スワップ)」
債券等の金融商品の発行体(企業や国など)や担保資産の状況が悪化する等、事前に決められた理由で損失が発生する場合に、CDSの売り手がCDSの買い手に対し、その損失に見合う金額を支払うことを約束する取引。デリバティブ取引の一種。

映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編


注目の映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』が、いよいよ3月4日に公開されます。評判は上々のようですが、映画の中で頻出する専門用語がどうにもピンとこないという声も目立ちます。若者など住宅ローンや投資にあまり縁のない人には、特に難しく感じるかもしれません。

そこで、映画の中で重要な役割を担う「モーゲージ担保証券」を、1999年に日本で初めて作り上げた経験を持つ証券アナリストが、金融の初心者向けに、映画を気持ちよく楽しむための基礎知識をお伝えすることにしました。

(映画のキーワードの一つ「サブプライムローン」については、「Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前」をご覧下さい。)

■モーゲージと住宅ローン
多くの人が最初につまずくのが、「モーゲージ(mortgage)」という聞きなれない言葉かもしれません。「モーゲージって何なの?」「住宅ローンとどう違うの?」そんなことを疑問に思う人もいるでしょう。

「モーゲージ」を辞書で調べると、おそらくまず最初に「担保」や「抵当権」という意味が載っていると思います。これが本来の意味なのですが、米国などでは、モーゲージがそのまま住宅ローンを表すことが一般的なのです。

住宅ローンは、住宅購入者でもあるローンの借り手が、ローンの貸し手から住宅購入のための資金を借り、その代わりとして、長い時間をかけて少しずつ借りた資金(元本)とそれにかかる金利を返済する取引です。

このとき、貸し手としては元利金を返済してもらう約束だけでは心許ないので、借り手が約束を守らなかったときに物件を自由に処分できる「権利」を、貸し手はきっちり押さえます。この「権利」が、即ち「抵当権」です。

米国の住宅ローンは実質的にノンリコース(住宅処分後に借入人がローンの残額を請求されることがない)ですので、抵当権(モーゲージ)を行使した際に得られる住宅処分価値が、住宅ローンそのものの潜在的な価値とおそらく大きくは変わりません。

それが、米国で住宅ローンをモーゲージと呼ぶことになった理由なのかもしれません。

■債権と債務
住宅ローンの契約では、借り手には貸し手から住宅購入資金を受け取る「権利」と、将来にわたって返済する「義務」があります。逆に、貸し手は借り手に住宅購入資金を支払う「義務」がある一方、借り手から将来にわたって返済を受ける「権利」があります。

住宅ローンは、その貸出しが実行された瞬間、借り手の「権利」と貸し手の「義務」はどちらもなくなり、借り手の「義務」と貸し手の「権利」だけが残るのです。

ここでは、大雑把に、誰かに何かをしてもらう権利を「債権」、何かをしなければならない義務を「債務」と理解しておくと良いでしょう。

ここでわざわざ「債権」について説明したのは、映画評などで「債権」と「債券」を混同している例をいくつか見かけたためです。

国債や社債等の「債券」と、「債権」は、別物です。映画に出てくる「モーゲージ担保証券」は「債券」です。

■モーゲージに投資するということ
借り手にとって借金であるモーゲージ(住宅ローン)が、投資の対象となる金融商品になるというのも、借り手側の経験しかない一般の人には、何となく腑に落ち難い部分なのかもしれません。

借金は、当たり前ですが、貸し手側から見たら貸金(かしきん)です。貸金というのは、きちんと約束通り返してもらえないリスクのある、一種の投資なのです。

モーゲージを約束通り返してもらえない典型的なケースは、借り手が失業する等して返済能力がなくなり債務が履行されないことで、そうした債務不履行となることを「デフォルト」と言います。

「デフォルト」という言葉は、システム等の「デフォルト設定」のような形で使われることも多いのですが、金融で「デフォルト」と言えば、債務不履行を意味するとても重要な言葉です。

投資先としてのモーゲージには、デフォルト・リスクの他に、借り手が繰上返済することで期間が短縮してしまうリスクもあります。日々の生活の中でも突然予定が狂って色々困ってしまうことはよくありますが、それは投資でも同じことなのです。

■初級編に続く
「映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編」で説明しなかった、モーゲージ担保証券(MBS)やCDO(コラテラライズド・デット・オブリゲーション)等の証券化についてや、映画の中で勝負の切り札となるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)等については、これに続く「初級編」や「中級編」等の中で解説します。

映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を観るだけで金融について学ぶのは難しいですが、映画をきっかけに自分なりに調べたり学んだりすることで、金融リテラシーを高めることは可能でしょう。そんな人たちの中から、映画の四人のように、いつの日かとんでもない大勝負に挑む人が現れるかもしれません。

第88回アカデミー賞で脚色賞を受賞した注目映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、3月4日公開です。

≪参考記事≫
■Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。
■「100分中20分が性描写」と話題の女性向け官能恋愛作品がもたらした衝撃と、大人の事情。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。

馬主で証券アナリストの本田康博が考えてみます。