日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること。


国連「持続可能な開発ソリューションズ・ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network)」は今月16日、『世界幸福度レポート2016年版(World Happiness Report 2016)』を発表しました。

3/17付CNN.co.jp記事『国連の幸福度報告書、トップはデンマーク 日本53位』では、以下のように報じています。

幸福度が高い国としてはデンマークが1位で、昨年トップだったスイスは2位に下がった。
4年前から発表されている同報告書で、デンマークがトップに立つのは3回目。16年版の3位以下にはアイスランド、ノルウェー、フィンランドが続いている。
6~10位はカナダ、オランダ、ニュージーランド、オーストラリア、スウェーデンだった。
経済大国の中では米国が13位、ドイツが16位に入ったが、英国は23位にとどまり、日本は53位、ロシアは56位、中国は83位と振るわなかった。

日本人の幸福度が他の国の人たちと比べて低くなりがちだというのは、これまでも様々な調査で指摘されてきた点です。このニュースもいくつかのメディアで報じられましたが、調査内容を良く把握せずに調査結果だけを大きく取り上げてしまった例も見受けられました。これは、あまり褒められたことではないでしょう。

■幸福度って何?
国連版「幸福度」調査の内容については、例えば、3/18付WIRED.jp記事『デンマーク「世界で最も幸福な国」に:国連の幸福度ランキング』で、

2016年版の「世界幸福度ランキング」が発表された。報告者によると、総合的な幸福度には、経済的状況のほか、「幸福度の平等さ」や「社会的支援」などが反映されているという。

と説明されているように、「経済状況」、「幸福度の平等さ」、「社会的支援」等の複数のパラメーターから算出されていると思っている人は、少なくないのではないでしょうか?

しかし、実はそうした理解は、まったくの勘違いと言ってよいでしょう。

国連版「幸福度」は、「キャントリルの梯子の質問(the Cantril ladder question)」によって回答者の「主観的幸福度(subjective happiness)」を測定し、国ごとにその平均を算出したものです。また、「キャントリルの梯子の質問」は、「ありうる最悪の人生」を梯子の0段目、「ありうる最高の人生」を梯子の10段目としたときに、「現在」自分が何段目にいるのかを回答してもらうための質問なのです。

国連版「幸福度」が複数のパラメーターから算出されているものと勘違いしてしまう人が多いのは、報告書の中で、(1)経済水準(一人当たりGDP)、(2)社会的支援、(3)健康寿命、(4)人生選択の自由、(5)寛容さ、(6)腐敗認知度の6つのパラメーターを説明変数として回帰分析を行っているためでしょう。

6つのパラメーターから「幸福度」を算出したのではなく、アンケート結果から各国の「幸福度」を算出した上で、6つのパラメーターを説明変数として用いた数式によって、その「幸福度」をどうにか推計しようとしたわけです。

また、報告書では、「キャントリルの梯子の質問」に対する回答の標準偏差を「幸福度の平等さ」と定義し、比較しています。標準偏差は、データの散らばりを表す統計指標です。

■幸福度と推計値の違い
下図は、アンケート調査の結果である「幸福度」と、「幸福度」のデータを回帰分析することで得られた6つのパラメーターによる推計値を比較したものです。斜め線の上側に位置する国は推計値よりも実際の値が低く出ている国で、逆に下側に位置する国は推計値よりも実際の幸福度が高く出ている国になります。

乖離幅が大きければ大きいほど、回帰分析で得られた6つのパラメーターによる数式では説明しきれない「要因」が大きいことを意味しています。中国本土への同化が不安の香港や深刻な紛争が進行中のシリア等は、分かりやすい例と言えるでしょう。

日本は、アンケート結果から得られた「幸福度」が推計値よりも低く出ているグループの一員ですので、「幸福度」では全体の53位と低迷しましたが、推計値で比較すると23位になります。これは、「経済水準(一人当たりGDP)」だけで比較した場合の26位よりも良い結果です。全体の3位と健闘した「健康寿命」によるところも大きいのでしょう。「寛容さ」は137位と残念な結果となりましたが、他のパラメーターと比べて寄与度は低かったと考えられます。

<<パラメーター別順位>>
幸福度       53位
推計値       23位
(1) 経済水準      26位
(2) 社会的支援     23位
(3) 健康寿命      3位
(4) 人生選択の自由   45位
(5) 寛容さ       137位
(6) 腐敗認知度     32位

推計値は、紛争中の国等を除けば、グローバルで見た場合の客観的な「幸福度」を表していると言えるのですが、日本人は客観的な「幸福度」のわりに主観的な「幸福度」を低く回答するという傾向があります。これは、要因の一つとしてですが、日本人が悲観的すぎて、本当は身近にある当たり前の幸せを感じ難くなっている可能性が挙げられます。

しかし、おそらくそれ以上に日本人の「幸福度」を押し下げている要因は、以前『国際世論調査で際立つ、日本らしさ』と題した記事で書かせていただいたように、日本人の「はっきりした意見を言えない(言わない)」気風ではないでしょうか。

「わからない度」と「決められない度」で総合一位の日本は、「まぁまぁ」くらいの回答が断然多くなることから、アンケート調査結果として記録される表向きの「幸福度」は、どうしても実態よりも低くなってしまうのだろうと思うのです。

以下の記事もぜひ参考にしてください。

<<参考記事>>
■国際世論調査で際立つ、日本らしさ。
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。
■軽減税率で一番損なのは誰か、分かりやすく解説してみました。
■【日米比較】お金持ちは本当にケチなのか?

ショーンK氏の経歴詐称は、インチキ住宅ローンが詰まったモーゲージ債と知りながらCDSを売るようなもの。


テレビ朝日の看板番組「報道ステーション」等でレギュラー・コメンテーターをつとめたショーンK氏が経歴詐称疑惑により同番組等を降板した問題について、既に多くの方が色々な意見を述べられています。誰と言うわけでもないのですが、まるで経歴詐称を些末なことのように考える人が少なからずいたことは、私自身にとっては驚きでした。彼がどんなに素晴らしいナイスガイだったとしても、経歴や資格を偽って営業を行う詐欺的行為は許されるものではないのです。

ショーンK氏自身は、既にそうした詐欺的行為の代償を払う形で、彼の原点とも言えるFM局のナビゲーターも含め、マスメディアでの仕事をすべて自粛しています。本業とされる経営コンサルタントとしての仕事にも大きな影響があることでしょう。

自分がこれまで積み上げたものをすべて台無しにしてしまうリスクを考えると、いつまでも経歴詐称を続けるというのは合理的ではないように思うのですが、なぜ早い段階で思い止めることができないのでしょうか。

■経歴詐称のリスクとは
ショーンK氏が最初に大胆な経歴詐称を行ったのは、おそらくFMラジオのナビゲーターとして世間に露出することになった前後のことでしょう。この段階ではまだそれほど知名度もなく目立った存在ではないため、詐称がバレる確率Pも、仮にバレた場合のインパクトIも小さく、安易な思い付きで禁断の果実に手を出してしまったのかもしれません。

ここで、経歴詐称のリスクRは、バレる確率Pとバレた場合のインパクトIの積で表されます。
R(リスク) = P(発生確率) × I(発生した場合のインパクト)

(確率とインパクトを掛け合わせてリスクを評価するのは、分野に拘わらずリスク管理の基本中の基本ですので、ぜひ覚えておくと良いと思います。)

その後、詐称によって強化されたキレッキレの経歴を生かして出版やテレビ等へ活躍の場を広げたわけですが、そうして知名度が高まるにつれ、詐称がバレてしまう確率が上昇し、同時にバレた場合のインパクトも大きくなりました。

確率やインパクトと知名度の間に線形の関係を仮定すると、それらの積である経歴詐称のリスク(=確率×インパクト)は、知名度の二乗の関数になります。ショーンK氏が活躍すればするほど、活躍以上にリスクが増大していたのです。

■経歴詐称は割に合わない
経歴詐称による利益がそのリスクの大きさに比べてリーズナブルであるためには、知名度が十分低くなくてはなりません。ショーンK氏のように自分を広く知らしめようとする場合、経歴詐称という一種のマーケティング手段は、法的や道義的に問題なだけではなく、経済的にも割に合わない悪手だと言えます。

それにも拘らず、いつまでも経歴詐称を続けてしまうのは、上手くいっているときには、それがいつか破綻するかもしれないという当たり前のことが、当たり前として考えられなくなるためでしょう。バブルに踊る間は、目の前にどんなに明らかな兆候があってもそれがバブルだと気づけないものです。

経歴詐称によって営業を強化する一方で人生が破綻するリスクにさらされる状況は、自分自身の破綻を賭けの対象にするCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を売ってプレミアム収入を得るのに似ています。

賭けの対象が破綻リスクの高い「インチキ住宅ローンばかりを詰め込んだモーゲージ債」だと知りながらそのCDSを売るのは、映画『マネー・ショート』で破綻の危機に陥ったCDSの売り手もやらない、狂気の沙汰と言えるでしょう。

(CDS取引については、ぜひ参考記事をご覧ください。)

≪参考記事≫
・映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。
・セレーナ・ゴメスのあのシーンが分かる。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 上級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初~中級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編
・話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。

映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。


映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、良くできた秀逸な映画だと言って良いだろう。難しいテーマを上手く観客に伝える工夫ができていると思う。

■難解な専門用語は、理解するより体感せよ
この映画の中で飛び交う金融用語のいくつかは、金融機関で働く人の多くも本当はあまりよく理解していない専門用語だ。CDOとCDSが何なのか説明できない人は少なくないだろう。

だが、そうした難しい専門用語を、観客にとって身近な、積み木やクッキング、ギャンブル等に例えることで、用語を一つ一つ理解させるのではなく、テンポ良く直感的に掴ませるようにした演出が良かった。

例えば「CDSを内包することによって裏付資産ではないMBSやCDOのリスクに基づく新たなCDOを合成する」という、ちょっと文章で読んでも簡単には理解できない概念ですら、セレーナ・ゴメスや別の野次馬を賭けの対象にしながら野次馬が増殖していく映像によって、観客に「説明できないけど何となく分かった」という気にさせたのだ。
(この点については、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識(上級編)で解説している。)

映画で「何となく分かった」と思うことができれば、こちらのもの。金融に詳しくない人でも、十分楽しむことはできるはずだ。

ただ、上手く「何となく分かった」という波に乗ることができなければ、途中で溺れてしまうだろう。頭で理解しようとして溺れてしまった人にとっては、極めてつまらない映画に感じたかもしれない。

■日本人が溺れてしまう理由
この映画を観ていて波に乗れず溺れてしまった人の中には、金融の知識が決定的に足りずにそうなった人も少なからずいるとは思う。しかし、住宅ローンがどんなものなのか、投資をするということがどういうことなのか、そういう本当に基本的な知識は、わざわざこの映画を観に来る人ならたいてい持っているだろう。

一方、この映画のキーワードでもある、MBS、CDO、CDS等の専門用語は、理解できなくても十分楽しめるようにできていたように思う。実際、用語の解説をするレビュー記事等で、何度か誤った理解に基づく解説を目にすることがあった。少なくとも彼らは、キーワードをちゃんと理解せずにこの映画を楽しんだわけだ。

思うに、波に乗れずに溺れてしまった人の多くは、「CDSを買うことによる空売り」という部分を理解しようとして混乱してしまったのではないだろうか。「売りたいのに買う」って、一体全体どういうことなのかと。

この問題の起点は、実はそもそも英語の「ショート(Short)」を「空売り」と訳してしまったことだろう。主人公たちの姿勢として「マーケットに対する空売り」とするのは分かり易くて良いと思うが、「ショート」が本当に意味するのは「売り」のポジションであって、「空売り」ではない。「空売り(Short Selling)」は、「ショート」の一形態(若しくはそれに至るアクション)でしかないのだ。

CDSを買うと、それが参照するMBSやCDOが毀損することに賭けたことになるので、それらに対してショートのポジションとなるが、読みが裏目に出た場合に損失に限度がない株の空売りとは異なり、損失は定期的に支払うプレミアムに限られている。

CDSの買いは、MBSやCDO等が毀損するリスクをカバーする、プレミアムさえ払えば他人でも掛けられる保険のようなもので、保険をいくら掛けても空売りとは違うというのは当たり前だ。株式市場で例えれば、空売りではなく、株価オプションの「プットのロング(買い)」になるのだ。(プットは「合意された価格で売る権利」。)

ショートは、そのままショートと言って通じれば良いのだが、日本ではそれは難しい。他方、それほど難解な言葉ではないため、映画の中で詳しく解説されることもない。

もしかすると「CDSを買うことによる空売り」を理解しようとして混乱した人の多くは、事前に、「空売り(ショート)とは、株を借りて市場等で売却し、値下がりしてから買い戻すこと」等と頭にインプットした上で、映画を観ながら一々しっかり理解しようと頑張っていた生真面目な人たちなのではないだろうか。

(CDS取引の考え方については、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識(上級編)で解説している。)

■映画はすべての真実を伝えない
映画の中では終始悪役を演じることになったウォール街だが、そんな明らかな「悪役」の存在は、映画を分かり易く面白くする。だが、そこで描かれているものをすべて鵜呑みにしてしまうレビュワーの多さに、私自身は薄ら寒い思いがした。

未曽有の経済危機の火種となったアメリカの住宅市場と債券市場の双子のバブルは、皆が同時に同じ方向を向き、その道こそが正しい道だと信じて疑わなかったことで生じたものだ。日本のバブルも似たようなものだろう。

そんなときは、たいていその先に何か良くないものが待っているものなのだ。

(参考記事の後に、ネタバレ豆知識編あり。)

≪参考記事≫
・セレーナ・ゴメスのあのシーンが分かる。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 上級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初~中級編
・映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編
・Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。
・不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。

■付録 - ネタバレ豆知識編
・ 終盤の少し手前で、MBSの価格上昇とCDSの保証金の増額が同時進行していた場面の解釈
住宅ローンのデフォルトが増えると、まず比較的低い格付のMBS/CDOが毀損する懸念が拡大する。そうすると、それまでその周辺に投資していた投資家は、低格付のMBS/CDOから資金を引き揚げ、より高い格付の債券に殺到するため、人気の高格付ゾーンでは価格が上昇する。

一方で、CDSを売っていたドイツ銀行から見て、(同じく大量にCDSを売っていた)モルガン・スタンレー(MS)の支払能力が(実際にそうであったように)大きく低下したため、MSの子会社による将来のプレミアムの支払を担保するための保証金の増額を求めた。

・ シンセティックCDOによるCDSエクスポージャーの拡大
シンセティックCDOをアレンジし、内包するCDSの買い手となることで、主人公たちと同じようにマーケットに対するショートを積み上げることができた。元々CDSの売りを持っていた場合は、そのエクスポージャーを縮小可能。

逆に、シンセティックCDOの投資家は、内包するCDSの実質的な売り手であるため、マーケット全体に対してロングを積み上げることとなった。きちんと理解せずにCDSへのエクスポージャーを積み上げた投資家もあっただろう。モルガン・スタンレーもそうだったのかもしれない。

セレーナ・ゴメスのあのシーンが分かる。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 上級編


映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識シリーズ第四弾(上級編)は、映画の中で実際に描かれているシーンのうち一般の映画ファンの皆さんにとって特に分かりにくいだろうと思われる部分について解説したいと思います。

ストーリー全体が最初からネタバレしてしまっている映画でもありますし、多少のネタバレはご容赦ください。

ここで取り上げるのは、次の二点です。
・ 行動経済学者リチャード・セイラーと歌手セレーナ・ゴメスによるシンセティックCDO(合成CDO)の解説シーンについて。
・ 「CDSを売る」「CDSを買う」「買ったCDSを売る」ということがどういうことか。

話がやや細かくなりますので、よりベーシックな部分を大雑把に見ておきたいという方は、ぜひ以下の記事をご覧ください。
・ 「初心者編」
・ 「初~中級編」
・ 「サブプライムローン編」

また、記事の末尾では、基本用語とキーワードを大雑把に説明しています。

■MBS役を演じたセレーナ・ゴメス
映画の中で猛スピードで飛び交う金融用語のいくつかは、一般の方どころか、実は金融業に従事する人の多くも、本当はあまりよく理解していないレベルの専門的な言葉なのです。難しい言葉が出てくる映画は他にもたくさんあると思うのですが、初めから終わりまでそうした難解な言葉が重要な役割を担う映画は多くはないはずです。

その難解な物語を、多くの人にとって身近な積み木やクッキング、ギャンブル等になぞらえることで、一々理解させるのではなく、テンポ良く感覚的に掴むことを目指した手法は秀逸でした。私などからすると「うーん」と首を傾げてしまうような説明なのですが、観客を置き去りにしないためにはとても効果的だったことでしょう。

カジノでセレーナ・ゴメスが説明したシンセティックCDO(合成CDO)は、そんなキーワード解説シーンの中でも、おそらく最も「何となく分かったような気がしたが実はよく分かっていない」人が多いシーンなのではないでしょうか。

シンセティックCDOを説明するためにブラックジャックに興じるセレーナが演じていたのは、実はただのギャンブラーではなく、MBSでした。もちろん「最も美人なシンガー(MBS)」ではなく、モーゲージ担保証券(MBS)の方です。

下図は、シンセティックCDOの仕組みを簡単にまとめたものです。この図では、MBSのトランシェ2がセレーナで、セレーナの勝ち負けに賭けていた「野次馬」がシンセティックCDO発行体とCDS買い手です。

MBSであるセレーナ・ゴメスの成績を対象としたCDSをCDO発行体が売ることで、CDSの買い手から定期的にプレミアムを受取り、それを担保債券からの元利に上乗せして投資家に販売するシンセティックCDOの利回りを高めたり、担保債券の信用力を補完する保証の原資とするのです。

モーゲージやMBSを担保資産とする代わりに、格付がついたMBSトランシェがデフォルトした場合に毀損額に見合う金額を支払う義務を負うCDSを売る(=デフォルト・リスクをとる)ことでプレミアム収益を得る仕組みが、シンセティックCDOのキモなのです。

参照するトランシェは、図ではMBSとしていますが、もちろんCDOのトランシェでも良いわけです。「別のシンセティックCDOトランシェを参照するシンセティックCDO」を表現したのが、「野次馬が別の野次馬の勝負を賭けの対象にする」シーンでした。

理論上は、映画の野次馬たちのように、無限に増殖可能なのです。

■CDS取引について
前項で取り上げたシンセティックCDOの仕組みの中でも重要な役割を担っているCDS取引ですが、そもそもCDSの売買やCDSの金額が意味するのがどういうことなのか、ここが釈然としない人は多いと思います。

映画では、まず、クリスチャン・ベイルやブラッド・ピット(以下、「彼ら」)と銀行や保険会社(以下、「銀行」)の間で、
・ 「銀行」による「CDSの売り」
賭けの対象となるMBSやCDOに損失が出た場合に、損失に見合う金額を支払う義務を負う。
・ 「彼ら」による「CDSの買い」
賭けの対象となるMBSやCDOに損失が出た場合に、損失に見合う金額を受取る権利を持つ。
というCDSの相対契約が結ばれます。

「買う」側の「彼ら」が「プレミアム」と呼ばれる金額を支払い、「売る」側の「銀行」がプレミアムを受取ります。このプレミアムは、損失時に発生する支払い義務に対する見返りです。

「買う」と賭けの対象に対して「ショート(売り)」、「売る」と賭けの対象に対して「ロング(買い)」となるのが、CDSの特徴です。

当時のCDSは、MBSのような比較的標準化されて市場で頻繁に取引される金融商品ではなく、契約当事者たちの相対取引でしか結ばれない特殊な金融取引でした。相対取引なので、プレミアムの値段は当事者間の合意で決まります。

ベイルの場合はおそらくBBB以下の低格付(即ち、A以上の高格付に比べデフォルトしやすいと評価される)のMBSの損失に賭けたので、年間のプレミアムは「想定元本」の10~20分の1と高額でした。一方、デフォルトし難いと想定されたA~AA格付のCDOトランシェを賭けの対象としたCDSを買ったブラピの場合は、「想定元本」の200分の1程度のプレミアムを払うことで賭けが成立しました。

「想定元本」とは、映画の中で「X億ドルのCDS」と言う場合の「X億ドル」です。大雑把に言えば、「彼ら」は、当たったら「X億ドル」もらえる大穴馬券を、馬券代金であるプレミアムを定期的に支払うことで、買っていたわけです。

また、映画の終盤では、利益を確定するために「彼ら」は「CDSを売る」ことを考えるのですが、ここでの「CDSを売る」というのは、最初の「CDSの売り」とは異なります。この「CDSを売る」は、「「彼ら」が持つ「CDSの買い」の権利を、他の投資家や「CDSの売り」の義務を負う「銀行」に売る」ことを意味していたのです。(「銀行」が買えば、権利と義務が相殺されます。)

■CDSによる「ショート」は「空売り」か?
原作の訳文にケチをつけるようで心苦しいのですが、上で説明したようなCDS取引によるショート(=CDSの買い)は、「空売り」とは似て非なるものと言って良いでしょう。

株等のいわゆる「空売り」は、裏目に出た場合の損失に限度はありませんが、「CDSの買い」では損失はプレミアムに限られます。(株価オプションで言えば、プットのロングに相当します。)

邦題の『マネー・ショート』も内容にマッチしているか微妙なように、実際に作品にかかわった人たちですら、どう表現すべきか難しく感じていたのではないでしょうか。

多少分からないところがあっても、分かったつもりで楽しむことができれば、それはそれで良いのかもしれません。

≪参考記事≫
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。

■基本用語とキーワード
ここでは、基本用語と映画のキーワードをおさらいします。(各用語を大雑把に理解するのが目的であり、法律等による定義とは異なる場合があります。)

<基本用語>
「モーゲージ(Mortgage)」
元々の意味は「抵当権」だが、住宅ローン(不動産ローン)も意味する。(一般の方には聞きなれない言葉ですが、住宅ローンと同義だと考えれば良いでしょう。)

「証券化(Securitization)」
モーゲージ等から将来回収される資金をスケジュールされた元利金返済に充てる「債券型の金融商品」を組成して、資金調達を行うこと。裏付けとなった資産は元の保有者から切り離され、保全される。(債券以外の金融商品として組成される場合もあります。)

<キーワード>
「サブプライムローン(Subprime Loan)」
本来の意味は「プライム(優良)よりは劣るローン」。信用力(返済能力)の低い低所得層でも住宅を買えるように設計され、住宅市場の急拡大に併せてバンバン実行された住宅ローン。単に「サブプライム」と呼ばれることもある。住宅価格の下落により返済不能に陥る借り手が続出し、未曽有の経済危機の火種となった。

「MBS(Mortgage Backed Securities, モーゲージ担保証券)」
複数のモーゲージを集め、証券化によって作られる債券。住宅ローンの回収金から、ローンの貸倒れ損失、事務費用等を差し引いた後、MBS投資家への元利金の分配が行われる。

「CDO(Collateralized Debt Obligation, 債務担保証券)」
普通に日本語に訳すと「債務担保証券」となるが、実際には、将来受け取る予定の金融商品(MBS等)の元利金等をもとに、証券化によって作られる「債券型の金融商品」。

「CDS(Credit Default Swap, クレジット・デフォルト・スワップ)」
債券等の金融商品の発行体(企業や国など)や担保資産の状況が悪化する等、事前に決められた理由で損失が発生する場合に、CDSの売り手がCDSの買い手に対し、その損失に見合う金額を支払うことを約束する取引。デリバティブ取引の一種。

映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初~中級編


リーマンショックに至る経済危機が舞台の実話をもとにした映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』が、いよいよ公開されました。私自身、1999年に日本で初めて「モーゲージ担保証券」を組成した経験もあることから、この映画を観るのをとても楽しみにしていました。

映画の中では一般の人が普段耳にしない金融用語が終始飛び交っているのですが、テンポ良く駆け抜けるように話が展開されるので、あまり細かい部分を気にしなくても十分楽しめるだろうと思います。

その上で、一般の映画ファンの皆さんがこの映画を観た後の満足度をさらに一段高いものにするために、映画に関連した基礎知識をできるだけ分かりやすくお伝えすることにしました。これはその第三弾となります。

ご自身の金融知識に併せて、これまでに書いた「初心者編」「サブプライムローン編」なども、参考にしていただければ幸いです。

また、記事の末尾で基本用語とキーワードの解説をしています。必要に応じて参考にしてください。

■MBSやCDOがAAAになる理由
多数のサブプライムローンを束ねて証券化したMBS(モーゲージ担保証券)や、そのMBSをさらに束ねて証券化したCDOが、AAAのような高い格付を付与されるのは何故でしょうか?

MBSの場合、ジニーメイやファニーメイ、フレディマック等の政府系金融機関が元利払いを保証する仕組みになっていたものも多く、連邦政府レベルの信用力を背景に高格付けがつけられました。

また、民間企業による証券化でも、AAA格の信用がある保証会社や保険会社による保証をつけることで、AAA等の高い格付を比較的簡単に取得することができたのです。(保証がないものもある。)

そうした保証の仕組みに加え、モーゲージをたくさん束ねることによる分散効果も高格付に寄与しました。また、過去数十年にわたる経験から常識化していた「住宅価格は上昇し続ける」という見方も、高い格付をサポートしました。

住宅ローンの返済は長期にわたるため、最初に元本が返る「優先」、後で元本が返る「劣後」、最後に余った金額をすべて受け取る「残余」等、「トランシェ」と呼ばれる複数のパートに分割されました。借り手が返済不能になるリスク(デフォルト・リスク)の影響は返済の順序が先であるほど小さいため、「優先」トランシェには高い格付が付与されたのです。

■MBSはインチキか?
MBSや証券化と言うと、よく分からないインチキな金融商品という印象をお持ちの方も少なくないかもしれません。ですが、少なくとも日本においては、そうした考えは正しいとは言えないでしょう。

当時の米国の証券化市場が決定的にダメだったのは、市場が過熱したために住宅市場におけるバブルを生み出してしまったことと、住宅市場の過去のパフォーマンスを唯一神のように妄信してしまったこと、商品の極端な複雑化によって誰もそのリスクを正しく評価できなくなってしまったことなどでしょう。これらは、日本の証券化市場とは大きく違っていました。

実はMBSは、日本でもこれまで数多く組成されています。作りはシンプルなものが多く、私の記憶に間違いがなければ、複雑なCDOは組成されてはいません。裏付けとなる住宅ローン資産の情報も、投資家に対してはかなり詳しく開示されていたと記憶しています。

アメリカ発の金融危機によって、そうした日本の証券化市場が大きく縮小したのは皮肉なことでした。

ちなみに、銀行等が融資している住宅金融支援機構のフラット35はほぼすべて証券化されますが、これは、米国の政府系MBSを参考に、日本の法制度や慣行に合わせてシンプルな形でデザインした、MBSに類似した金融商品です。

■あなたはもう証券化されている
フラット35が証券化されているのはわりと有名な話だと思いますが、日本の一般の皆さんにとって、もっとずっと身近な「あるもの」が証券化されているのは、あまり知られてはいません。

実は、ソフトバンクの割賦(分割払い)債権は、結構な割合が証券化されています。利用する携帯キャリアがソフトバンクだという方は日本全体で25%ほどだそうですが、若者世代ならおそらくもっと比率が高いでしょう。

また、ソフトバンクだけではなく、クレジットカードの支払いや各種の分割払い契約など、いろんなものが証券化されている場合もあるでしょう。

もしかすると、あなたはもう既に証券化されているかもしれません。

そんなふうに考えると、映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の一見自分に縁がないように思える世界も、何となく身近に感じられるのではないでしょうか?

(注: 自分の債務が証券化されても、どうってことはありません。)

≪参考記事≫
■映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編
■Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。

■基本用語とキーワード
ここでは、基本用語と映画のキーワードをおさらいします。(但し、各用語を大雑把に理解するのが目的であり、正確な定義とは異なる場合があります。)

<基本用語>
「ショート」と「ロング」
一般的には長さが「短い」と「長い」を意味するが、金融市場では「ショート」が「売り」、「ロング」が「買い」を意味する。(普通に長さを意味する場合もある。)

「債権」と「債務」
契約等に基づいて金銭の支払い等を受ける権利が「債権」。逆に、支払い等を行う義務が「債務」。住宅ローンの場合、借り手は元本と利息を期日どおり支払う「債務」を負っており、貸し手は元本と利息を受け取る「債権」を持つ。「債権」は売買可能。

「債券(Bond, ボンド)」
国や自治体、企業等が資金調達のために発行し、投資家が買う金融商品の一種。国債や社債等。株式との大きな違いは、発行した企業等が元本や利息の返済を期日までに行うことが予め決まっている点。

「モーゲージ(Mortgage)」
元々の意味は「抵当権」だが、住宅ローン(不動産ローン)も意味する。(一般の方には聞きなれない言葉ですが、住宅ローンと同義だと考えれば良いでしょう。)

「証券化(Securitization)」
モーゲージ等から将来回収される資金をスケジュールされた元利金返済に充てる「債券型の金融商品」を組成して、資金調達を行うこと。裏付けとなった資産は元の保有者から切り離され、保全される。(債券以外の金融商品として組成される場合もあります。)

<キーワード>
「MBS(Mortgage Backed Securities, モーゲージ担保証券)」
複数のモーゲージを集め、証券化によって作られる債券。住宅ローンの回収金から、ローンの貸倒れ損失、事務費用等を差し引いた後、MBS投資家への元利金の分配が行われる。

「CDO(Collateralized Debt Obligation, 債務担保証券)」
普通に日本語に訳すと「債務担保証券」となるが、実際には、将来受け取る予定の金融商品(MBS等)の元利金等をもとに、証券化によって作られる「債券型の金融商品」。

「CDS(Credit Default Swap, クレジット・デフォルト・スワップ)」
債券等の金融商品の発行体(企業や国など)や担保資産の状況が悪化する等、事前に決められた理由で損失が発生する場合に、CDSの売り手がCDSの買い手に対し、その損失に見合う金額を支払うことを約束する取引。デリバティブ取引の一種。

映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編


注目の映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』が、いよいよ3月4日に公開されます。評判は上々のようですが、映画の中で頻出する専門用語がどうにもピンとこないという声も目立ちます。若者など住宅ローンや投資にあまり縁のない人には、特に難しく感じるかもしれません。

そこで、映画の中で重要な役割を担う「モーゲージ担保証券」を、1999年に日本で初めて作り上げた経験を持つ証券アナリストが、金融の初心者向けに、映画を気持ちよく楽しむための基礎知識をお伝えすることにしました。

(映画のキーワードの一つ「サブプライムローン」については、「Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前」をご覧下さい。)

■モーゲージと住宅ローン
多くの人が最初につまずくのが、「モーゲージ(mortgage)」という聞きなれない言葉かもしれません。「モーゲージって何なの?」「住宅ローンとどう違うの?」そんなことを疑問に思う人もいるでしょう。

「モーゲージ」を辞書で調べると、おそらくまず最初に「担保」や「抵当権」という意味が載っていると思います。これが本来の意味なのですが、米国などでは、モーゲージがそのまま住宅ローンを表すことが一般的なのです。

住宅ローンは、住宅購入者でもあるローンの借り手が、ローンの貸し手から住宅購入のための資金を借り、その代わりとして、長い時間をかけて少しずつ借りた資金(元本)とそれにかかる金利を返済する取引です。

このとき、貸し手としては元利金を返済してもらう約束だけでは心許ないので、借り手が約束を守らなかったときに物件を自由に処分できる「権利」を、貸し手はきっちり押さえます。この「権利」が、即ち「抵当権」です。

米国の住宅ローンは実質的にノンリコース(住宅処分後に借入人がローンの残額を請求されることがない)ですので、抵当権(モーゲージ)を行使した際に得られる住宅処分価値が、住宅ローンそのものの潜在的な価値とおそらく大きくは変わりません。

それが、米国で住宅ローンをモーゲージと呼ぶことになった理由なのかもしれません。

■債権と債務
住宅ローンの契約では、借り手には貸し手から住宅購入資金を受け取る「権利」と、将来にわたって返済する「義務」があります。逆に、貸し手は借り手に住宅購入資金を支払う「義務」がある一方、借り手から将来にわたって返済を受ける「権利」があります。

住宅ローンは、その貸出しが実行された瞬間、借り手の「権利」と貸し手の「義務」はどちらもなくなり、借り手の「義務」と貸し手の「権利」だけが残るのです。

ここでは、大雑把に、誰かに何かをしてもらう権利を「債権」、何かをしなければならない義務を「債務」と理解しておくと良いでしょう。

ここでわざわざ「債権」について説明したのは、映画評などで「債権」と「債券」を混同している例をいくつか見かけたためです。

国債や社債等の「債券」と、「債権」は、別物です。映画に出てくる「モーゲージ担保証券」は「債券」です。

■モーゲージに投資するということ
借り手にとって借金であるモーゲージ(住宅ローン)が、投資の対象となる金融商品になるというのも、借り手側の経験しかない一般の人には、何となく腑に落ち難い部分なのかもしれません。

借金は、当たり前ですが、貸し手側から見たら貸金(かしきん)です。貸金というのは、きちんと約束通り返してもらえないリスクのある、一種の投資なのです。

モーゲージを約束通り返してもらえない典型的なケースは、借り手が失業する等して返済能力がなくなり債務が履行されないことで、そうした債務不履行となることを「デフォルト」と言います。

「デフォルト」という言葉は、システム等の「デフォルト設定」のような形で使われることも多いのですが、金融で「デフォルト」と言えば、債務不履行を意味するとても重要な言葉です。

投資先としてのモーゲージには、デフォルト・リスクの他に、借り手が繰上返済することで期間が短縮してしまうリスクもあります。日々の生活の中でも突然予定が狂って色々困ってしまうことはよくありますが、それは投資でも同じことなのです。

■初級編に続く
「映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を華麗に楽しむための基礎知識 - 初心者編」で説明しなかった、モーゲージ担保証券(MBS)やCDO(コラテラライズド・デット・オブリゲーション)等の証券化についてや、映画の中で勝負の切り札となるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)等については、これに続く「初級編」や「中級編」等の中で解説します。

映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を観るだけで金融について学ぶのは難しいですが、映画をきっかけに自分なりに調べたり学んだりすることで、金融リテラシーを高めることは可能でしょう。そんな人たちの中から、映画の四人のように、いつの日かとんでもない大勝負に挑む人が現れるかもしれません。

第88回アカデミー賞で脚色賞を受賞した注目映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、3月4日公開です。

≪参考記事≫
■Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。
■「100分中20分が性描写」と話題の女性向け官能恋愛作品がもたらした衝撃と、大人の事情。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。

Why American people!? 米アカデミー脚色賞を受賞した注目映画で、アメリカ人が住宅ローンを返せなくなったのは当たり前。


レオナルド・ディカプリオが念願の主演男優賞を受賞した第88回アカデミー賞で、脚色賞を受賞した注目の映画が『マネー・ショート 華麗なる大逆転』です。

マネーがショート(不足)して資金繰りに奔走…そんな話かと勘違いしてしまいそうな邦題ですが、原作はマイケル・ルイス氏の小説『The Big Short』(邦訳『世紀の空売り』)で、リーマンショックに至る経済危機を舞台に展開される実話をもとにした悲喜劇です。

「ショート」「ロング」と言えば、一般的には長さが「短い」「長い」ですが、金融市場では、「ショート」が「売り」、「ロング」が「買い」を意味しています。(普通に長さを意味する場合もある。)

■サブプライムローンとは何だったのか?
この映画で重要なカギとなるのが、過剰な住宅ローン融資を背景とした住宅バブルです。当時問題化した住宅ローンとして良く知られる「サブプライムローン」が、本映画の公式サイトでもキーワードの第一に挙げられています。

サブプライムローンとは?
銀行がろくに審査もせず、借金返済能力の低い市民にバンバン貸しつけた住宅ローンのこと。全米でバブル化していた住宅市場の崩壊(住宅価値の下落)が始まると、ローンの焦げつきが急増。多くの市民が破産して自宅を失うとともに、サブプライムローンを組み込んでいた金融商品(モーゲージ債)は投げ売りされ、リーマンショックの引き金となった。

(映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』公式サイトより抜粋。)

「銀行がろくに審査もせず」という部分はともかく、「バンバン貸しつけた」ことが住宅バブルを促進させたであろうことは、この図からも容易に想像できます。

(住宅価格はS&P/Case-Shiller全米住宅価格指数、住宅債務残高はFRB資料より、筆者作成。)
(注: 住宅価格指数は1975年から2006年まで一貫して上昇。足もとでは住宅価格指数がピーク時に近い水準まで戻したが、住宅債務の総量は増えていない。)

過去数十年にわたり右肩上がりに推移した米国の住宅価格(図の赤線)は、2000年代に入りその上昇ペースを加速させた後、2006年をピークに下落に転じました。そして、それから約一年遅れ、住宅債務残高(青棒、FRBの定義によるOne- to four- family residences向け)がピークに達した頃、サブプライムローン問題は世間一般にも認知されていました。

「サブプライム」は本来「プライム(優良)よりは劣る」という意味で、特別とんでもない住宅ローンというわけではありませんでした。プライムと比べてある程度の貸し倒れリスクを貸し手が許容する一方で、金利等の条件を比較的厳しく設定したものがサブプライムなのです。

借入当初から金利が高いわけではなく、かつて日本の住宅金融公庫(現在の住宅金融支援機構)が貸し出していたステップアップローンのような、途中から金利が上昇するティーザー金利と呼ばれる仕組みが頻繁に採用されました。

審査基準は、当然プライムよりも緩かったでしょう。ですが、流石に「ろくに審査もせず」という状況ではなかっただろうと思います。

幸運にも過去数十年間に渡り住宅価格が上がり続けてきた当時の米国では、住宅ローン貸出基準のキモは将来値上がり確実な物件であって、返済が困難となった借り手であっても、ローンの借り換えや物件売却によって完済可能だと考えられました。借り手本人の支払い能力はあくまでも補完的なものだったのです。

(FICO(ファイコ)スコアと呼ばれる信用情報の欠陥や不正等、他の問題も多々ありますが、ここでは説明を省略します。)

■過去データを反映して設計されたサブプライムローン
下図では、黒が住宅ローンの毀損率、緑がクレジットカードローンの毀損率、青が失業率、赤が住宅価格指数の推移を表しています。(但し、毀損率は債務不履行後の回収を反映したネットの損失率。)

(住宅価格はS&P/Case-Shiller全米住宅価格指数、他はFRB資料より、筆者作成。)

緑のクレジットカードローンの毀損率が概ね失業率と関連して変動する中、リーマンショック以前では、景気の悪化を意味する失業率の上昇が住宅ローンのパフォーマンス悪化(毀損率上昇)に大きく影響していないことが、図の比較から見て取れます。

このようなデータを長年積み上げた結果、「住宅価格さえ上がっていれば、景気が悪化しても住宅ローンは回収できる」と貸し手が考えてしまったのは、当然のことだったのかもしれません。それを否定するもっともらしい根拠はありませんでした。

景気悪化時も含めて住宅価格は常に上昇していたため、サブプライムローン等の住宅ローンの貸出基準は、ある意味必然的に物件価値中心となったのです。

米国の住宅ローンが実質的にノンリコース(住宅処分後に借入人がローンの残額を請求されることがない)であることも、個人の返済能力を重視しない方向に働きました。

そして、借り手にとっても、とにかく住宅ローンを借りて住宅購入することこそが、正しい道のように見えてしまったのです。

■米住宅市場崩壊の時系列
公式サイトの用語説明にあるように、住宅価格下落を機に「ローンの焦げつきが急増」したことは、図からも確認できます。

貸し手も借り手も、住宅価格が上昇することを大前提に、借り換えや売却ありきで実行されたローンですので、住宅価格が低下すれば、当然、返済見込に大きな影響が生じます。返済不能に陥る人が続出するのは、当たり前なのです。

当時の住宅市場の変化を大雑把に時系列に追うと、
・ 住宅価格の伸びが鈍化し、次いで住宅ローンの伸びが鈍化(2005~2006年頃)。
・ 2006年をピークに住宅価格が減少に転じ、同時に住宅ローン毀損率が上昇開始。
・ 2007年半ばに失業率が底を打ち、反転上昇。サブプライム問題が広く認知。
・ 2008年9月のリーマンショックを境に住宅債務残高が減少に転じる。住宅ローンを担保にした複雑な証券化商品の市場が壊滅状態に。失業率の急激な上昇に伴い、住宅ローン毀損率はさらに上昇。
となります。

今から振り返ると、住宅価格下落の始まりがポイント・オブ・ノーリターンで、そこから市場崩壊への道筋は、システマティックに決まってしまっていたようにも思えます。

多くの人がありえないと思っていた住宅価格の下落が始まったとき、物件価値重視の仕組みが市場崩壊の梃子(てこ)になることに気付けた人だけが、未曽有の金融危機の最中に他の市場参加者たちを出し抜くことができたのです。

そんな人たちにスポットライトを当てた映画『マネー・ショート』は、3月4日から全国ロードショーとのこと。重要なキーワード等をおさらいした上での鑑賞をおススメします。

■とても大事な教訓
・ 過去のパフォーマンスは、それがどんなに確かそうに見えても、決して将来を約束しません。
・ 皆が同じ方向を向いているときほど、期待が外れた時の反動が大きくなりがちです。
・ テールリスクに備えましょう。

≪参考記事≫
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。
■不遇の天才チューリングの半生を描いた脚本家が感動のアカデミー賞スピーチで訴えた、日本に一番足りないもの。
■映画「イミテーション・ゲーム」の暗号解読ミッションを、「魚のムニエル」で解説してみました。
■「100分中20分が性描写」と話題の女性向け官能恋愛作品がもたらした衝撃と、大人の事情。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。