すき家「バイトの乱」から学ぶ「ノー残業制度」の問題点。


いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションと呼ばれる、労働時間規制のない成果主義賃金制度の導入に向けた労働基準法改正案の検討プロセスが、いよいよ最終盤に差しかかっています。1月17日付日本経済新聞によれば、この成果主義賃金制度は、実際に定着するかは微妙な気がしますが、「高度プロフェッショナル労働制」と呼ばれることに決まったようです。

■高度プロフェッショナルって誰のこと?
というわけで、「高度プロフェッショナルって誰なの?」という疑問がまずあるわけですが、対象職種としてとりあえず例示されたのが、「金融ディーラー」「アナリスト」「金融商品の開発」「コンサルタント」「研究開発」の5つです。

何故か金融ばかり3つも入っているのですが、ファンドマネージャーやセールス等も含まないわけにはいかないわけで、金融(フロント部門)とでもすれば良かったのにと思う一方、きっと上の方から「最低5つくらいは挙げろ」と言われていたのかなぁ、官僚の皆さんも色々大変だなぁ、とも思う次第です。

正直なところ、上記のような職種で「年収の上位4分の1」や「年収1075万円」を基準にこういう制度を導入するということが果たして意味があるのかと言えば、おそらくほとんどないように思います。普通に考えてみて、この制度の対象になるような人たちって、既にほとんどの人が実質的に裁量労働の成果主義になっているのではないでしょうか。

ここで挙げられている5つの職種のうち「研究開発」以外は、これまで自分で経験したり身近でたくさん見てきましたが、年収が低めの若手やアシスタント以外で普通に残業代もらっていた人は見たことがありません。「みなし残業」代が含まれる固定給+成果報酬をあげるから、あとは各自が基本的に枠内で適当にやってねっていうのがスタンダードでした。

おそらくそういう実態は多くの人が認識しているので、「じゃあ、何でわざわざこんな制度を導入するのか?」から「やっぱり対象職種や収入要件をなし崩し的に緩めるつもりなんじゃないか?」となって、共産党や労組、日本労働弁護団あたりが一斉に大反対することになっているのでしょう。

私自身、基本的には残業規制撤廃推進派ではありますが、この制度はちょっとなぁと思っています。

■残業代の割増賃金は長時間労働の歯止めにならない
ところで、最近「弁護士ドットコム」で配信された同制度に反対する記事『これは「長時間労働野放し法」だ!「高度プロフェッショナル労働制」を弁護士が批判』(1/25付)にこういう記載がありました。

これまでは『残業代』の割増賃金の存在が、長時間労働の大きな歯止めになっていました。今回の制度を導入すれば、その歯止めが外れることになってしまいます。つまり、長時間労働が今以上に増加することになるでしょう。

残業代の割増賃金が長時間労働の歯止めになるとは、いったいどういうことなのでしょうか?

もしかすると、こう主張されている弁護士先生の頭の中では、残業代を割増すればコスト増を嫌う企業が残業させたくないと考えるだろうというロジックが展開されているのかもしれません。

でも、実際には、割増含めた残業代以上の限界生産性がその人にある限り、合法な範囲でできるだけたくさん残業させるインセンティブを、企業としては有します。なので、残業時間の規制が長時間残業の歯止めになる可能性はあっても、割増賃金が長時間残業の有効な歯止めになることはありえないのです。

それどころか、現実には、残業代やその割増は、個人があえて長時間労働をしようとするインセンティブになっています。

同じ分量の仕事をテキパキ短時間でやるよりも時間をかけてやるほうが収入が増えると言われたら、のんびり時間をかけてやる方を選ぶ人は少なくないでしょう。また、その結果、全体の業務効率が落ちてしまうため、本来長時間残業をしなくても良かった人までがそうせざるを得ない状況になりかねません。

もちろん、これは業種や職種によります。工場のライン等、時間当たりの労働生産性が個人の裁量にない職種では、残業制度は合理的でフェアな制度だと言えます。

ですが、いわゆるホワイトカラーの仕事では、労働時間ではなく成し遂げた仕事で成果を計るのが最もフェアなやり方です。残業しても何も良いことがないのであれば、残業しようなんて思う人はいないでしょう。

■「ノー残業制度」を食い物にするブラック企業を駆逐するには
とは言え、ただ単に残業代をなくして成果主義の裁量労働制を導入しても、多くの方が心配するように、残業代を払わなくていいならたくさん働かそうという多くのブラック企業や潜在的ブラック企業を喜ばすだけの結果となる可能性は大いにあります。

結局のところ、ブラック企業に働く人がその企業に縛り付けられている限りは、労働時間規制をどう決めようと、長時間労働を強いるブラック企業の食い物になってしまうことは避けられません。

ブラック企業を駆逐するには、ブラック企業が労働者を囲い込めなくするのが一番効果的なのです。

昨年、従業員の深夜のワンオペ(深夜に一人で店舗業務をすべて担うこと)で問題となったすき家では、バイトを中心としたスタッフが一斉に離反したことで多くの店舗で運営が立ち行かなくなり、深夜の運営方針を抜本的に改善することになりました。

すき家のケースでスタッフが会社から離反できた理由は、常に人手不足の飲食業界では、すき家の代わりがいくらでも見つかったからでしょう。労働市場の流動性が(広い意味での)ブラック企業の更生に寄与した分かりやすい例だと言えます。

労働者が自由に移動できる流動性の高い労働市場は、他企業と比べて労働者にとって条件の良くない企業を淘汰する方向に働きます。ブラック企業にとっては厳しい環境です。

ホワイトカラー・エグゼンプションで目指す労働時間規制の緩和は、労働市場の流動性が確保されて初めて良い効果に結びつくものなのだと思います。逆に言えば、この点を放置したままで労働時間規制だけを緩和しても、意味がないだけでなくネガティブな影響をもたらす可能性すらあるでしょう。

よくよく考えてみれば、「高度プロフェッショナル労働制」の対象として例示された職種は、いずれも既に労働市場の流動性が高い分野であり、そうした業界・職種だからこそ、実質的なホワイトカラー・エグゼンプションが既に当たり前のように導入されているのでしょう。

より多くの人が幸せに働けるよう、実効性に乏しい小手先だけの制度改革で終わるのではなく、日本的雇用慣行に抜本的に切り込む取り組みを、現政権には期待したいと思っています。

働き方に関する問題等については、以下の記事も参考にしてください。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
■ちきりんvsイケダハヤト「通勤手当廃止」論争で語られなかった「住まいの問題」緩和策。
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
■海外馬券の販売開始か?日本での馬券売上のインパクトとマネーロンダリングの可能性。

■まとめ
・ホワイトカラー・エグゼンプション「高度プロフェッショナル労働制」の骨子が決まりつつあります。
・「高度プロフェッショナル」として例示された職種は、じつは裁量労働制成果主義が広く導入済みです。
・法案の実効性への疑問が、将来の拡大解釈の可能性を反対派に想起させている気がします。
・残業時の割増賃金は、長時間労働の歯止めにはならず、むしろ助長しています。
・「ノー残業制度」はホワイトカラー向きの制度ですが、ブラック企業による濫用の恐れがあります。
・すき家「バイトの乱」で見たように、ブラック企業は流動的な雇用システムに弱いです。
・雇用の流動化を含む、抜本的な雇用制度改革を期待しています。

スイスフランショックを増幅させたリスク回避の仕組み。


先週、スイス中銀が行った対ユーロ上限維持政策の撤廃がもたらした衝撃は、これまで「ロスカット」の有効性を信じていたFXの個人投資家にとって、特に大きかったのではないでしょうか。

■ロスカットの仕組みがスイスフランショックを増幅
ロスカットとは、FX取引などで評価損が一定レベルに達したところで保有するポジション(スイスフランの売り等)と反対の取引を行うことで損失を確定し、それ以上損失が膨らまないようにするものです。FXは預入れ資産の数倍から数十倍の取引を行うことが一般的ですが、ロスカットの仕組みによって損失が預入れ資産以上にならないようにしています。

ところが、今回のスイスフランショックでは、スイス中銀の発表を受けて相場が急反転したことで、ロスカットのためのオーダーが一度に大量発生し、それに見合うだけの取引が成立しない状況、すなわち、スイスフラン売りポジションのロスカットのためのスイスイフラン買いオーダーのみが大量に発生し、スイスフラン売りオーダーがほとんどない状況になりました。

買いたい人ばかりで売りたい人がほとんどいないわけですから、当然為替レートはスイスフラン高の方向へ大きく傾きます。それが更なるロスカットのオーダーとスイスフラン高につながり、結果、過去に類を見ないようなレベルの急激な為替ショックとなったわけです。

そして、ロスカットできずに預入れ資産以上の損失を被った投資家は大きな借金を抱えることとなり、また、多くの投資家が一度に損失を出した取引業者は資金繰りに行き詰まり、破産の危機に追い込まれました。

ロスカットという仕組みは通常はとても有効なリスク管理方法なのですが、皆が同じように採用しているため、いったんある方向に大きく動き始めると、そうした動きを増幅してしまうのです。

日銀もスイス中銀に負けず極端な政策をとっていますので、円絡みの為替ペアでも同程度のショックが起こる可能性はないとは言えないかもしれません。

ロスカットは絶対的な安全弁ではなく、信用取引は大きなリターンを得られる可能性を提供する一方で相応に大きなリスクと隣り合わせであることを、いま一度確認しておきたいと思います。

■過去にもリスク管理がショックを増幅した例は多い
今回のケースではロスカットがショックの増幅器となったわけですが、過去にも同様にリスク管理の経営指標がマーケットにショックをもたらした例は少なくありません。

例えば、2003年に、日本の長期金利(10年物国債の金利)が当時史上最低の0.43%をつけた直後に2%近くまで急上昇(国債価格は急落)した「VaRショック」では、多くの金融機関がVaRという同じリスク管理指標を用いていたために、一つの金融機関が国債を売り始めたところ他の金融機関も同じ行動をとり始め、瞬く間に売りが売りを呼ぶ展開となりました。

また、比較的記憶に新しいサブプライムローンショックやリーマンショックでも、きっかけはきっかけとしてあったのですが、それを増幅したのがVaRや時価会計といったリスク管理の仕組みであったことは、いくつもの研究が示しています。

ショックを増幅しない包括的なリスク管理手法なんていうものがもし発明されるなら、発明した人はノーベル経済学賞間違いない、かもしれません。

ところで、VaRショックのとき史上最低と言われた長期金利は0.43%でしたが、日銀の国債買入プログラムの下、昨日20日に、長期金利はとうとう史上初めて0.2%を割り、0.195%を一時つけました。

弓は強く引けば引くほどに威力を増すと言いますが、スイス中銀のように突然矢を射るようなことがないように、できるかぎり緩やかに発射してもらえるようお願いしたいものです。

以下の記事も参考にしてください。
■海外馬券の販売開始か?日本での馬券売上のインパクトとマネーロンダリングの可能性。
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。
■有馬記念から考える「にっちもさっちもいかない状況」の克服方法。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
■ちきりんvsイケダハヤト「通勤手当廃止」論争で語られなかった「住まいの問題」緩和策。

■まとめ
・スイスフランショックを増幅したのは、ロスカットというリスク管理の仕組みでした。
・リスク管理の仕組みは、通常はとても有用です。
・リスク管理の仕組みは、ショックがあったときにショックの増幅器として働きます。
・ショックの増幅器となるのは、弱気相場で市場参加者の行動の相関を高めるためです。
・いまはVaRショック時を遥かに超えるマグマが溜まっているかもしれません。

海外馬券の販売開始か?日本での馬券売上のインパクトとマネーロンダリングの可能性。

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1月13日付のスポーツ紙や一部一般紙の見出しにテンションが上がった競馬ファンはたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。報道によれば、日本馬が出走する海外主要レースの馬券を日本国内でも買えるよう競馬法を一部改正する案が通常国会に提出されるようです。

法案改正に向けて音頭をとるのが自民党競馬推進議員連盟会長の橋本聖子参院議員です。昨年12月に行われた都内のイベントで「海外で活躍する日本馬の馬券を買えるよう整備を進めたい」と発言されています。

ご自身の五輪でのご活躍やスケート連盟会長としてのご活躍で広く知られる橋本聖子議員ですが、実は彼女のご尊父は競馬史に名を残す名馬マルゼンスキーを生産された競馬界の功労者でした。橋本聖子議員もまた、ご尊父とは違った形で競馬界に貢献されようとしているのです。

■海外競馬の馬券を国内で販売する方法
報道によれば、想定される改正案では、出走馬の実績などを基準に農林水産大臣が指定したレースについて、JRAや地方競馬の主催者(以下、「JRA等」とする)が「海外の主催者に代わって」馬券を発売できるようにするとのことです。

「海外の主催者に代わって」という表現から類推されるのは、国内レースの販売のようにJRA等が胴元(主催者)となって売上から寺銭(主催者取り分)を控除する方式ではなく、JRA等はあくまでも販売代理人であり、販売額に比例した一定の手数料を受け取ることになるということです。ちなみに、寺銭の呼び名は、江戸時代に、取締りの緩い寺社等で違法な博打を開帳して、その見返りに売上の一部を寺社等に納めていたことに由来します。

日本経済新聞で長年競馬番をされている野元記者は、「凱旋門賞のほかドバイ、香港の国際競走などが発売対象」と考えられているようですが、売上の主体が海外の主催者ということになれば、馬券の販売がイスラム法に抵触するためもともと馬券販売がないドバイのレースは対象外ということになりそうです。

また、「他国の売り上げと合算せず、国内だけでオッズが算出される見通し」(同記者)とのことですので、胴元が自らオッズ(倍率)を設定する「ブックメーキング方式」ではなく、券種(単勝・複勝など)ごとの売上総額から一定割合を控除した金額を各券種の的中者に購入額に応じて分配する「パリミュチュエル方式」を、国内販売分単独で適用する形になるようです。JRA等が通常馬券を販売しているのと同じ方式です。

■日本の馬券売上のインパクト
主催者の売上と国内の売上を合算しない理由の第一は技術的なものだと思いますが、仮に技術的な制約がなかったとしても、おそらく合算は行われません。というのも、総額で世界全体の約3分の1を占める日本市場の馬券売上は、合算した場合の主催者市場への影響が大きすぎるのです。日本での馬券売上に大いに期待する他国の競馬主催者も、日本人に自国市場を滅茶苦茶にされるのは御免蒙りたいというわけです。

パリミュチュエル方式での売上規模を比較すると、日本は、オーストラリアやフランス、米国、香港の3倍前後、シンガポールの約30倍、競馬発祥の地イギリスの約60倍になります。イギリスは日本に次ぐ馬券大国ですが、売上のほとんどがブックメーキング方式です。これだけ売上規模が違う状態で合算してしまうと、現地の適正オッズが日本からの資金流入で大きく歪められてしまうのは避けられません。

実際、2006年に日本馬ディープインパクトが欧州競馬の最高峰「凱旋門賞」に出走したときは、ブックメーカーが単勝3~4倍を提示する一方で、パリミュチュエル方式の場内オッズは単勝1.5倍と大きく乖離しました。このとき複勝は、最終的に1.4倍とかろうじて単勝より低くなりましたが、締切直前まで2倍以上で推移し、単勝よりも高い状態が続くまさに異常な状況でした。競馬界のみならず一般の方も巻き込んだディープインパクト・ブームによって、凱旋門賞当日のロンシャン競馬場は半分以上日本人で埋め尽くされたような印象でした。

では、国内売上だけでオッズを算出しさえすれば、特に問題はないのでしょうか?

■国内だけで算出されるオッズの問題
日本の売上だけで算出すると、ほとんどの人が日本馬への応援をこめて馬券を買うので、確実に日本馬偏重なオッズになるはずです。ディープインパクトや凱旋門賞二年連続二着だったオルフェーヴルのような人気も実力も超一流の馬なら、単勝100円の元返しとなることも十分考えられます。

そのような状況では普通に予想する向きにはチャンスが大きいはずなのですが、海外のレースでは日本の競馬ファンにとって予想に必要な情報が十分に提供されないため、普段通りに予想するのはほぼ無理です。日本の競馬新聞というのは良くできていて、小さなスペースに実に多くの情報が詰まっています。海外にも競馬新聞はありますが、情報はスカスカ。日本で言えば、JRAのホームページで分かる程度の情報しか載っていません。というか、レース前の馬体重の測定がない分、さらに情報量が少ないかもしれません。

海外の競馬新聞で日本のものよりも充実している部分は、おそらく、馬主の氏名が代表馬主だけではなく共有馬主まで記載される点くらいでしょう。当然、これは予想にはまったく使えません。私のような共有主体の零細馬主がちょっぴり嬉しく思うくらいなものです。

このように日本馬への偏重と予想の難しさから、日本での売上だけで算出したオッズが現地の適正なオッズと比べて大きく異なる状況が発生すると想定されます。この場合、現地と日本の両方で馬券を購入できる人がいると、オッズ差で利ザヤを稼ぐアービトラージ(裁定取引)が可能になります。例えば、日本では日本馬以外の単勝、現地では日本馬の単勝を買う等、比較的簡単にアービトラージが成立しえます。

ただ、そうした同一馬券でのオッズ差の存在自体は、市場の歪みを表す現象に過ぎません。問題なのは、そのオッズ差が、海外の反社会的勢力が日本をマネーロンダリング(資金洗浄)の場にしようとするインセンティブになりうるのでは、という懸念です。

■馬券購入によるマネーロンダリングの基本構造
馬券購入が欧米等でマネーロンダリングの手段として用いられると指摘する文献(注)によると、競馬を介したもっとも一般的なマネーロンダリングの方法は「単に馬券を購入するだけ」です。各買い目の購入金額をオッズに概ね反比例させて購入することで、どの買い目が当たってもほぼ同じだけの払戻し、すなわち控除率を差し引いた割合の払い戻しを受けることができます。このとき、払い戻し額と当たった買い目の購入額の差が、マネーロンダリングによって表に出された金額になります。他の外れた馬券は最初からなかったことにしてしまうわけですね。

では、簡単な例で見てみましょう。

控除率をJRAの単勝馬券と同じ約20%、一番人気2倍、二番人気2.5倍、三番人気2.8倍とします。これを4000ドル、3200ドル、2800ドルと配分して購入すると、当たった場合の払戻額はそれぞれ8000ドルまたはそれに近い金額になります。仮に二番人気が勝ったとすると、払い戻しが8000ドルですので、購入資金3200ドルとの差額4800ドルが洗浄されたことになります。

このとき、当たり馬券の購入資金3200ドルは元々の表のマネーとして説明され、残りの買い目の購入資金6800ドルが今回洗浄された分の洗浄前の裏金ということになります。残存率は約7割です。このケースでは、一番人気または三番人気が勝った場合も、残存率は7割前後となっています。

このように、馬券購入によるマネーロンダリングは、そのコストとして何割か目減りすることを通常許容しています。お金は使えて初めて価値が生まれます。公にできずに使えない6800ドルよりは、好きなように使える4800ドルのほうが価値が高いのです。

■日本を舞台にしたマネーロンダリングの脅威は?
とは言え、洗浄後の残存率は高ければ高いほうが良いわけです。残存率を高めるために、ジョッキーを脅すなどしてわざと負けるような不正行為を行わせる悪質な手段も考えられます。文献によれば、イギリスではジョッキーの10人に1人が反社会的勢力のために不正に手を染めたことがあるという証言があるそうです。

実際には、わざわざ遠い日本でマネーロンダリングを行うことはないのかもしれません。しかし、少しでも高い残存率をと考えるような海外の反社会的勢力が、日本での海外馬券の販売によって生じる市場の歪みを利用しようとするわけがないと考えるのは、楽観的すぎるかもしれません。

日本の人気馬が出走する海外競馬の馬券が購入できるようになるというのは、競馬ファンにとって非常に魅力的な話です。

ですが、世界のどの国よりも公正競馬の確保に力を注いでいる日本が、マネーロンダリングのような不正行為の温床になるのは絶対に避けなければなりません。JRAや関連省庁には、一層の注意と適切な対応を徹底していただきたいと思います。

橋本聖子センセイ、よろしくお願いいたします。

競馬やリスクの考え方等については、以下の記事も参考にしてください。
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。
■有馬記念から考える「にっちもさっちもいかない状況」の克服方法。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。

■まとめ
・橋本聖子議員の肝いりで、海外競馬の日本での馬券販売が近く実現するかもしれません。
・日本の馬券売上は世界でダントツ、インパクト大です。
・日本での売上単独でのオッズ計算となるため、一物二価となります。
・そのため、リスクなしで利ザヤがとれる可能性があります。
・一方、馬券購入でマネーロンダリングする方法があります。
・市場の歪みは、資金洗浄のターゲットになりやすい状況を生みます。
・JRAと関係省庁には、公正競馬の確保に一層励んでいただきたいと思います。

(注) M. E. Beare and S. Schneider, 2007, “Money laundering in Canada: Chasing dirty and dangerous dollars”, University of Toronto Press Inc.

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

ちきりんvsイケダハヤト「通勤手当廃止」論争で語られなかった「住まいの問題」緩和策。


先日、ブログ界隈で展開された「通勤手当廃止」論争はご存知でしょうか。発端は、有名ブロガーのちきりん氏が自身のブログ(1/11付『Chikirinの日記』)で熱く語った記事でした。

■ちきりんvsイケダハヤト「通勤手当廃止」論争
ちきりん氏の主張の大筋は、「首都圏で働く多くの人が、片道でも1時間、時には1時間半や2時間など、全員あわせれば膨大ともいえる時間を通勤に費やしてる」状況は馬鹿らしく、「ほんとに気持ち悪い」「通勤ラッシュをなんとかする」ために、「通勤手当なんて廃止すべき」というものです。また、そういう問題解決思考がいかに大事かについても強く訴えておられます。

これに対し、これまた有名ブロガーのイケダハヤト氏(『まだ東京で消耗してるの?』)が、「企業の通勤手当が廃止されたら、子育て世帯は「住まいの貧困」に直面する」という、微妙なツッコミを入れた形になりました。通勤手当廃止から即「貧困」に展開するのってどうなのよという疑問はありますが、「住まいの貧困」問題の解決策として「「公的家賃補助」と「在宅勤務の推進」」を挙げられています。

私自身はちきりん氏に近いスタンスでこの問題を見ています。通勤手当の廃止はきっと職住接近を進め、通勤ラッシュの緩和に貢献するでしょう。

ですが、イケダハヤト氏も指摘するように、都心のファミリー向け賃貸はそんなに安くはありません。この10年でリーズナブルな家賃の物件がかなり増えてきましたし、彼がブログで紹介した西大井で20万円弱というのは場所を考えると結構高いとも思いますが、港区白金高輪や港区芝で50平米くらいの小さめのファミリー向け物件で14~20万円くらいが相場というのは、やはりそんなに安くはありません。高級物件や郊外並みに広い物件となれば、当然もっと高いでしょう。

イケダハヤト氏の意見で少々残念なのが、住まいの問題の解決策に「公的家賃補助」を真っ先に挙げてしまっているところですね。もう一つの「在宅勤務の推進」についても同様ですが、「政治家の人たち」や行政に期待しすぎな面があるように感じました。

民間の知恵と努力で何とかできる部分は、民間で何とかする方が良いでしょう。

■「通勤手当廃止」は「借上げ社宅制度」とセットで効果大
会社が福利厚生で社員の住宅費用を負担するケースは珍しくありません。負担方法としては、一般的には「住宅手当」と「社宅」の2つが考えられます。「住宅手当」が給与収入とみなされる一方、「社宅」による補てんは一部を除けば給与収入にはカウントされず節税効果があります。

かつてよく見かけた社員寮や社員世帯限定共同住宅は、最近ではあまり見かけなくなった気がします。「社宅」のことを役所言葉では「給与住宅」と呼ぶらしいのですが、都市未来総合研究所の資料によれば、給与住宅のストックは、2008年時点でピークだった1993年の6割強まで激減しているのだそうです。

ですが、社宅は何もそうしたまとまった物件である必要はありません。一般の賃貸物件を会社が部屋単位で借上げた上で、社員から家賃の一部又は全部の負担を受ける形でも良いわけです。そして、まさにこの形の「借上げ社宅」が、実は都心の高額家賃問題を緩和する特効薬になりうるのです。

ここで、ある会社員が月20万円の賃貸マンションに住んでいる場合を考えてみたいと思います。

この部屋を会社が社宅として借上げ、家賃のうち15万円を会社からの補てんとし、その金額分だけ給与を減額したとします。会社の追加的なコストは契約に係る事務手続きだけです。このとき、見かけ上の給与総額は15万円×12=180万円少なくなりますので、この方の所得税と住民税合計の実効税率が仮に35%だったとすると、180万円×35%=63万円が、賃貸マンションを「借上げ社宅」にするだけで節税できることになります。

ここで重要なのは、「借上げ社宅」にしたことで会社が支払う給与と福利厚生費の総額が変わらないにも関わらず、会社員の手取りが63万円も増えている点です。20万円だった家賃が実質的に15万円弱にまで減るのはインパクト大です。この「借上げ社宅」の節税効果は賃料の高い物件ほど大きいので、効率的な住宅補助であるのと同時に、都心回帰のインセンティブにもなるのです。

多くの企業が通勤手当の廃止と借上げ社宅による住宅補助をセットで導入することで、会社員世帯の都心回帰と通勤ラッシュ緩和に大きな前進が見られるかもしれません。

■「部屋単位の借上げ社宅制度」の普及状況
会社に追加的なコストがほとんどなく、社員へのメリットが大きい「部屋単位の借上げ社宅制度」ですが、最近ではおそらく大手を中心に多くの企業で導入されているのではないかと思います。ただ、実際にどこまで有効活用されているかは疑問が残るところです。

外資系企業では以前から広く活用されています。というか、外資の皆さんには「そんなの当たり前すぎ」と鼻で笑われることでしょう。

私自身が貸していた都心の単身向け物件でも、大手投資銀行やコンサル、飲料メーカー等、外資系企業による借上げが頻繁にありました。他方、日系企業による借上げはほとんどなかったように記憶しています。

高給取りが高額物件を借上げ社宅にした場合に最も節税効果が大きくなるという構造が、横並び意識の強い日系企業ではイマイチ受けが悪いのでしょうか。

もしあなたの会社に部屋単位の借上げ社宅の制度がないのであれば、制度の導入をあなたが提案してみるのが良いでしょう。新しい何かを始めるときは、必ず誰かが声を上げなくてはなりませんが、自分以外の誰かを待つのは時間の無駄です。

■子育て世帯も都心回帰傾向あり
イケダハヤト氏は子育て世帯の都心回帰に疑問を持たれていたようですが、港区でも住みやすさに定評のある麻布十番のあたりでは、若年層や子育て世帯が明らかに増えています。

10年ほど前は人がまばらだった近所の公園は、晴れた日には親子連れでいっぱいです。私の住むマンションでもずいぶんと多くの子供を見かけるようになりました。

じつは港区は、都区内の待機児童が少ないランキング第3位で、待機児童が最も多い世田谷区の1/20以下なのだそうです。ちなみに港区よりも上位なのが、千代田区と中央区。都心のど真ん中です。

都心は実は緑や公園も豊富です。麻布十番なら、近隣に芝公園や有栖川公園等、徒歩で行ける立派な公園がいくつもあります。歩くのが好きな人だったら、皇居も余裕で徒歩圏です。スーパーもたくさんあります。図書館も映画館も。

都心の賃料は決して安くありませんが、自分が住みたいと思える部屋を借上げ社宅にできるなら、子育て世帯にとっても悪くない選択肢になるのではないでしょうか。

賃貸住宅や格差問題等については、以下の記事も参考にしてください。
■新相続税制で注目が増す賃貸併用住宅、本当に怖いのは国税庁よりも空室率です。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。

■まとめ
・通勤手当の廃止は、通勤ラッシュ緩和に有効な面白い提言です。
・借上げ社宅制度には、節税効果のメリットがあります。
・借上げ社宅制度の節税効果は高額賃料物件で大きいため、都心回帰のインセンティブになります。
・通勤手当廃止と借上げ社宅制度のポリシーミックスで、通勤ラッシュ緩和が期待されます。
・会社に制度がない場合は、自ら提案しましょう。
・意外なことに、子育て世帯にとっても、都心はとっても住みやすいです。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

新相続税制で注目が増す賃貸併用住宅、本当に怖いのは国税庁よりも空室率です。


年が明けて、いよいよ新相続税制がスタートしました。いろんなところでニュースになっていますので、ご存知の方も多いでしょう。

■新相続税制で注目が増す賃貸併用住宅
今回の相続税制改正での主な変更点は、(1)「基礎控除額」の40%引き下げと、(2)「小規模宅地等の特例」の適用面積の拡大です。詳細についてはここでは触れませんが、相続税の増収とともに二世帯住宅や賃貸併用住宅の建築促進を狙った制度改正だと言えます。最近は色々なメディアで相続税対策として賃貸併用住宅を勧める記事が紹介されています。

元旦の日経新聞第4部の住宅広告特集でも賃貸併用住宅についての記事がありました。相続税対策ということではなく、『60代で新しい「円」をつくる動き』と題し、定年後の住み替えの一つのオプションとしてでしたが。

日経の記事は、東京都内を想定した自宅のみ(30坪)と賃貸併用住宅(自宅30坪+1k×4戸)のモデル比較で、前者がローン支払い総額2570万円となるのに対して、後者が約250万円の収入超過になるというもので、固定資産税や空室リスクを加味しない簡略化したものだと添え書きしているものの、読み手に「基本的には儲かるものなんだな」と思わせる書きぶりです。

実際のところ賃貸併用住宅というのは、それほど美味しいものなのでしょうか?

■空室率という名の落とし穴
これは、本当にケースバイケースと言うしかありません。もし所有する土地が港区麻布十番にあるなら、建てるのが賃貸併用住宅でも賃貸専門住宅でもイケイケでOKでしょう。若年層や子育て世代等も増加中の人気の街だからです。

ですが、郊外や地方の、特に最寄駅から徒歩圏にないような立地の場合は、検討は慎重に慎重を期すべきでしょう。賃貸物件にとって立地は生命線です。

以前、もう10年近く前にはなりますが、アパート経営のCMを提供する大手デベロッパーが顧客の賃貸オーナー向けにやっている家賃保証の生データを見せていただいたことがありました。郊外の駅近ではない物件では、空室率2割3割は当たり前といった感じだったと記憶しています。

J-REITの居住向け物件だと空室率5%程度で回っているのですが、あれは好立地の物件を不動産管理のプロが血眼になってやって、ようやく達成している水準です。一般の方が街の不動産屋や全国展開の不動産管理会社に募集等を業務委託して経営する賃貸物件では、都心の一等地や郊外なら駅至近の場合で、空室率10%くらいで考えておくのが良いと思います。郊外の普通の物件なら20%、最寄駅が遠い場合は30%で考えても保守的とは言えないかもしれません。

ここでは、考慮すべき土地で賃貸経営する場合の潜在的な空室率が20%だったと仮定して考えてみましょう。

■正しい空室リスクの考え方
簡易な収益シミュレーションなら、単純に賃料収入を20%減額します。これは平均的な収益性を見る上では妥当な設定でしょう。ベースラインの賃料については、二人目の入居者では新築の5%減、その後は毎年1%ずつ減らすなど、陳腐化の影響を反映する必要があります。

空室リスクについて検討するにはもう少し工夫して見てみなければいけません。

潜在的な空室率が20%だった場合、20年間の平均空室率の分布は20%を中心とする釣鐘型となります。プラスマイナス10%以内に収まる確率はほぼ100%です。ですので、賃料収入を30%(=20%+10%)減額することで、20年間を通しての「通常」の最悪のケースを想定できます。「通常」ではない最悪のケースは火災や犯罪に巻き込まれる等ですが、これらは保険等で対応するしかありません。

次に、同時に発生する最大の空室数について考えます。瞬間最大風速で生じうる債務が自分にとって維持可能な水準なのかを把握することは、リスクとして考慮すべき最も重要な点です。

グラフは、日経新聞で例示された全4戸の場合を想定し、空室率10%、20%、30%の場合に発生する最大空室数の分布をいくつかの簡単な仮定のもとでシミュレーションした結果です。

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空室率10%では全室空室となる可能性は低いのですが、空室率20%では一時的に全室空室となる可能性が2割程度あるので、一定期間全室空室となっても問題ないことを確認しておくべきです。空室率30%の立地では、全室空室が比較的長期間続くことも想定せざるを得ません。素人大家にはかなりキツい状況でしょう。

一般的な賃貸不動産投資とは異なり賃貸併用住宅は、賃貸経営のキモである立地についての自由度がないところに難しさがあります。

■家賃保証がある場合
家賃保証の水準は、空室率や賃料相場を反映して見直されるものです。家賃保証がない場合と同様にリスクを検討しておくべきだと思います。

新相続税制施行により、おそらく業者の営業活動も活発化するでしょう。業者は必要に応じてうまく使うべきですが、業者任せにだけはならないよう、自ら考えて判断する姿勢を貫くことが大事です。リスクとリターンは良く考えましょう。

リスクとリターン、ファイナンスの考え方等については、以下の記事も参考にしてください。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
■有馬記念から考えるダブルバインド克服方法。
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。

■まとめ
・相続税制改正によって賃貸併用住宅が注目されています。
・空室リスクを正しく認識することが重要です。
・潜在的な空室率は立地によって大きく異なります。
・賃貸併用住宅の難しい点は、立地の選択が自由ではないところです。
・最悪のケースでも自分自身が破綻しないことを確認するプロセスが重要です。
・「家賃保証」の水準は保証されません。
・リスクとリターンは良く考えましょう。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

「食品への異物混入」は「絶対避けたい」が、「常にありうる」と考えるべき。

マダガスカル・コックローチs
あのマクドナルドが再び苦境に立たされています。今度は異物混入だそうです。日本人の衛生観念はたぶん世界でトップレベルで、食品への異物混入に対しても非常に厳しい意見が多いのだと思いますが、それにしても行き過ぎたマクドナルド叩きが目に付くような気がします。

■頻発する異物混入事故と対策の難しさ
食品加工業のことを知っていたり、あるいは直接知らなくても想像力を働かせられるなら、どんなに素晴らしい対策を講じていても食品加工で異物混入ゼロなんて世界はあり得ないというのは分かると思います。ですので、それを「絶対条件」として求めるほうがむしろ異常なのかもしれません。

例えば、イカリ消毒(株)という専門業者の分析センターだけでも、2010年時点で金属片だけで一日5件程度の検体が報告されていて、食品混入異物全体だとその6~8倍くらいで推移しているのだそうです。他にも同様の業者はたくさんあるでしょうし、当然報告されないものも多々あるはずで、実際の異物混入はいったいどのくらいあるのか想像もつかないようなレベルで日々発生しているのだと思います。たぶん。

対策は対策でできることをきっちりやってもらうとして、消費者のほうでも常に混入の可能性があることを理解しておくべきだと思います。本当に。

少し前に、ペヤングの商品に虫が入っていたという報道がありました。ペヤングは最終的には出荷自粛と全商品回収という対応を取らざるを得ないところまで追い込まれてしまいましたが、正直、あれには深く同情しています。日本人の衛生観念がおそらく世界でトップレベルで厳しいなんていう事情を知るわけがない小動物や虫、微生物たちがいつのまにか勝手に入り込んでしまうというのは、どれだけ気を付けていてもある程度しょうがない部分があるのではないかと思うのです。

先ほどのイカリ消毒のウェブサイトでは、食品への異物混入の実態とその対策について一般の人にも分かりやすく解説されています。それによれば、防除技術や防除機器が年々進化しているにもかかわらず、昆虫類による異物混入事故は減っていないのだそうです。

ペヤングの件はペヤングだからこそ注目ニュースとして拡散しましたが、食品事故としてはそれほど珍しいものではなかったのかもしれません。

■異物混入に関する法令・基準等の国際比較
異物混入に関して、おそらく世界中で最も理路整然と基準を決めているのは米国でしょう。FDAが「The Food Defect Action Levels」というのを決めていて、これが対策を取るべき異物混入の検知レベルを食品ごとに明らかにしています。つまり、「対策を取るべき異物混入」に満たないレベルを「異物混入の許容レベル」として規定しているわけです。

EUでは、上述のイカリ消毒(株)によれば、一般食品法規則178に食品への異物混入に関する説明を記載しているものの混入基準は明記されずとのことです。

韓国については、口腔内で異物を感知できるのが2mm程度以上との判断に従い、「長さ2.0mm以上の異物が検出されてはいけない」という基準を設定しているとのことです。

これに対して日本の基準がどうなっているかと言えば、いかにも日本らしい感じに仕上がっています。弁護士ドットコムによれば、食品衛生法6条4号で「不潔、異物の混入又は添加その他の事由により、人の健康を損なうおそれがあるもの」の製造販売等を禁止する一方で、対象となる「異物」は特定されていないのだそうです。EUタイプですね。

検知レベルをどの程度にするかは企業の手に委ねられることになるのですが、規制でがんじがらめの中でこういう部分ばかりが自由というのは、如何なものなんでしょうか。

■「細かくは規定しないけどとにかく異物混入ダメ」という基準のもたらすもの
日本のような「細かくは規定しないけどとにかく異物混入ダメ」という基準は、結局のところ「やり方は問わず異物混入ゼロを目指せ」と言っていることになるのですが、そういうのってちょっと危ういように思います。

100%の安全というのはファンタジーです。いつまで経っても達成できるはずのないリスクゼロを目指す努力にはキリがないので、どんなに良心的な生産者でも、結局どこかのレベルで割り切ることが必要になるわけです。もちろん見込まれる収益マージンの中で許される範囲での努力しかできません。

生産者が守るべき具体的な基準がはっきりしていないと、多くの生真面目な生産者がやり過ぎなくらいやって生産性を落とす一方、一部の業者が生産効率重視のいい加減なやり方で時々問題を起こすような状況が起こりやすくなるかもしれません。また、いい加減な業者が価格競争で優位になる状況が続けば、良心的な業者も徐々に対策レベルを下げてコストカットせざるを得ないでしょう。悪貨が良貨を駆逐する状況が生じやすくなります。

誰も望まない異物混入を減らすためにも、事業者の生産性向上のためにも、米国的な合理性を許容する明確な基準の導入を厚労省には検討してもらいたいなと、切に思うわけです。

リスクや確率的な事象の考え方については、以下の記事も参考にしてください。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
■「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
■恒例の年初のご祝儀相場、今年は「微妙」と考える根拠。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。

■まとめ
・食品への異物混入は、何としても避けたい事故です。
・食品への異物混入は、どうしてもゼロにはできない事故です。
・異物混入についての各国の基準は、具体的なものもあればお題目的なものもあります。日本は後者。
・お題目的な基準は、異物混入リスクを高め、生産性を阻害する可能性があります。
・異物が混入した食品に遭遇する可能性は誰にでもあります。不快ですが、寛容さは美徳です。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。


元旦に放送されたテレビ朝日の番組内で竹中平蔵氏が「同一労働同一賃金を実現しようとするなら正社員をなくすべき」という主旨の発言をしたことで、Web界隈を中心に大いに盛り上がっています。一物一価を目標とするなら規制のない効率的な市場を目指すべきというのは経済学の基本中の基本だと思うのですが、そうした竹中氏の真意は一般にはなかなか理解されず、批判の声も多いようです。

例えば、ハフィントンポストの記事には次のような反対意見が紹介されていました。

・正社員をなくせとの主張は、専門職や技術者をなくせと言っているのに等しい。
・セーフティネットがないので、正社員をなくせば内需崩壊どころじゃないレベルで景気が悪化するだろう。
・正社員が増えないと少子化が促される。
・正社員が納める税金が減少するため高齢化社会を支えられなくなる。
・99%が派遣社員となり、1%の一部の経営層や大株主だけ大儲けし、あとは死屍累々だろう。

これらの意見のベースとなっているのは、正社員制度をなくすとみんなが劣悪な待遇の非正規労働者になってしまうという不安感じゃないかと思うんですが、これは多分に竹中氏が派遣会社の利害関係者であるという事実が醸し出す警戒感や不信感による部分もあるのだろうと思います。ゼネコンの社長が「もっと公共事業を」って言うのと同じように思われてしまっては、せっかくいいことを言ってるだけにもったいないですね。

ここでは正社員をなくすとどうなるのかということを冷静に考えてみたいのですが、その前にまず、そもそも「正社員採用」という雇用契約がいったいどんなものなのか、ファイナンス論的な見方で検討してみたいと思います。

■「正社員採用」という名のスワップ取引(ややテクニカル)
スワップ取引とは、合意された条件に基づき将来の一定期間にわたりキャッシュフローを交換する金融取引を言いますが、ここでは企業が支払う年々逓増するキャッシュフローと正社員による日々の労働とを交換する取引を意味することとします。但し、正社員のスワップ契約は正社員本人と企業の間の一対一の契約ではなく、正社員集団と企業の間の「団体契約」になります。

正社員は企業に対して終身雇用を求めていますので、長期の資金を調達する場合に高いコストを支払う必要があるのと同様に、正社員側から企業に対して高いコストを支払うことになります。このコストは明示的には発生していませんが、企業が正社員に対して支払うキャッシュフローから知らないうちに控除されています。

ですので、正社員はじつは本人が企業に対して提供している労働の対価よりも、「終身雇用オプション」の分だけ少ないキャッシュフローしか得ていないことになります。

ここで「んっ?」と思われる方もいるのではないでしょうか。実際の労働の対価よりも少ないキャッシュフローしかもらえない正社員がどうして同じような仕事をしている非正規社員よりも収入が多いのでしょうか?

じつはこのスワップ契約には、終身雇用オプションとは異なるもう一つの重要なオプションが含まれていたのです。

それが企業側が持つ「正社員を好きなだけ働かせられるオプション」です。このオプションは予めキャッシュフローにプレミアム(=オプションのコスト)が組み込まれている場合と、行使する際に追加的なプレミアムを支払う場合があります。プレミアムを支払わずに行使しようとする企業が、いわゆる「ブラック企業」です。

個々の正社員の本来の労働の価値はそれぞれ異なるはずですので、正社員全体と企業との間の団体契約に基づいて交換されるキャッシュフローは、正社員自らの実際のオプション調整後の労働の対価よりも少ない場合もあれば多い場合もあります。

■「正社員採用」取引をキャンセルするとどうなるか
「正社員をなくす」というのは、正社員集団と企業とのスワップ取引をキャンセルした上で、適宜必要な雇用契約を元の正社員やその他の非正規労働者、失業者等と結び直す一連の変化を意味します。

この一連の変化には、次のようなものを含みます。
(1)「終身雇用オプション」と「正社員を好きなだけ働かせられるオプション」の撤廃。
(2)労働の価値に見合う形での元正社員間の再配分。
(3)労働の価値に見合う形での元正社員と元非正規社員との間の再配分。
(4)かつて「正社員を好きなだけ働かせられるオプション」がカバーしていた分の元失業者の雇用。
(5)労働の価値に見合う形での企業間の労働力の再配分。その結果としてのブラック企業の淘汰。

現状と比較した場合の変化の方向を矢印で表すと、概ね次のようになります。

若年または優秀な正社員↑↑
優秀でない中高年の正社員↓↓
優秀な非正規社員↑↑↑
その他の非正規社員↑↑
失業者↑↑↑↑
ブラック企業の元社員↑↑↑(転職による)
企業→(短期)↑↑(長期)
ブラック企業↓↓↓↓↓

社会全体としては、格差是正の絶大な効果により経済状況は短期的にも長期的にも上向くでしょう。

■変化を受け入れる勇気が必要
これは私の想像でしかありませんが、竹中氏の発言に反対していた人の多くは、じつは彼が主張する変化を受け入れた場合に状況が改善するはずの、現在の硬直した雇用システムの中で割を食っている人たちなのではないでしょうか。不安定な立場の人ほど現状からの変化を怖く感じるというのは、ある意味当然だと思います。

簡単ではないでしょうが、そうした人たちが変化を受け入れ、前に進む勇気をもってくれたときこそ、日本の未来が明るく開けるときなのだと思っています。

雇用や格差、ファイナンス的な考え方等については、以下の記事も参考にしてください。
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
■有馬記念から考える「にっちもさっちもいかない状況」の克服方法。
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。
■恒例の年初のご祝儀相場、今年は「微妙」と考える根拠。

■まとめ
・竹中平蔵氏はけっこういいことを言っています。
・ですが、派遣会社の利害関係者なので、説得力がイマイチです。
・正社員制度のキモは、「終身雇用オプション」と「正社員を好きなだけ働かせられるオプション」、それから「団体契約」です。
・オプションと団体契約をなくせば、再配分が促され正規-非正規間格差等が是正されます。
・あまり働かずにいい給料もらっていた一部の正社員とブラック企業は涙目です。
・不安に思う人が多いのは当然ですが、少しずつでもこの方向に変わって行くでしょう。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

奨学金を借りてはいけない人の特徴。


去年のクリスマスに奨学金についての記事「借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。」を書いたのですが、思いがけず大勢の方に読んでいただきました。前回記事で明らかにした点、主張した点は概ね次の通りです。

・就学中は奨学金の返済はないので学生が奨学金返済困難に陥ることはない。
・貸与型奨学金は実質的にローン契約だが、借り手に有利に設計されている。
・在学中や、失業、経済的困窮時などは、誰でも奨学金の返済猶予措置を受けられる。
・若年層の奨学金返済困難は、大学進学が十分な付加価値をもたらさないことが主因。高等教育の在り方と、日本型雇用の構造的問題という、二つの大きな問題が根幹にある。
・大学進学を投資と考えて、リスクやリターンを自分なりにしっかり考えるべき。

やや理屈っぽ過ぎる内容だったかもしれませんが、これらの点については奨学金を借りている又は借りようとしているすべての人に頭の隅に置いていただきたいと思います。

■減免制度の認知と金融リテラシー
日本学生支援機構が毎年実施している「奨学金の延滞者に関する属性調査」は、延滞者(3か月以上延滞)と無延滞者の属性を比較することで、返済困難者に見られがちな傾向を探っています。

日経新聞(4/22付)も指摘していますが、H24年度調査結果によると、延滞者の85%が年収300万円未満(無延滞では約6割)で返済猶予等の減免措置の対象となる人が多い一方、返済猶予制度で57%(無延滞では53%)、減額返還制度では75%(「知らない」と「あまり知らない」の合計、無延滞は65%)が制度の存在を「知らない」と回答しています。また、「知っている」場合であっても約3割は申請すらしていません。

これでは、本来であれば返済困難に陥る必要がなかったにも関わらず、制度を知らないが故に返済困難となっているケースは少なくはないでしょう。調査結果から大雑把に考えて、返済困難者の半数程度は該当しているのではないでしょうか。

無延滞者にも制度を知らない人は多いので、日本学生支援機構が制度の周知徹底を十分に図っていないという面はあるかもしれません。ですが、無延滞者の大部分は制度を利用しなくても良い人たちであるのに対し、延滞者は今まさに危機に面しているわけです。にもかかわらず、制度を知らない人がむしろ多いというのは、延滞者側の意識に問題がある場合も少なくないと考えざるを得ません。問題解決思考や金融リテラシー等の面で未熟なのでしょう。

一般の住宅ローン等でもそうなのですが、金融機関として一番困るのはローンがデフォルト(債務不履行)することなので、返済額減免や期間延長等の条件変更に応じてくれる場合は案外多いのです。基本的な金融リテラシーとして、知っておくべきことだと思います。

そういう前提が分かってないと、読み手の不安を煽るような記事や情報に簡単に踊らされてしまいます。

先日も、『2013年3月に「中小企業金融円滑化法」が終了したため住宅ローンの条件変更が難しくなった。住宅ローン破綻対策には賃貸併用住宅が有効。』という、いくつか疑問符が付きそうな内容のニュースが複数のニュースメディアで実しやかに配信されていましたが、三菱東京UFJ銀行の開示資料から作成した図に示すように、「中小企業金融円滑化法」以降も銀行の条件変更への姿勢に大きな変化は見られません。これは金融庁の指導に沿った措置でもあります。

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自分が本当に必要と考えて賃貸併用住宅を建てるならいいのですが、記事に踊らされてそうしてしまうのは、それこそ失敗の元だと思います。

■自分で申請書類を作成しない人は危ない
「奨学金の延滞者に関する属性調査」は、延滞者と無延滞者の違いをくっきりと浮き上がらせており非常に興味深い質問が多いのですが、奨学金申請時に誰が書類を作成したかという項目でも両者は大きく異なっています。作成者が「本人」または「本人と親等」であるのが、延滞者では56%であるのに対し、無延滞者では約8割です。

また、他人から勧められずとも自ら申請した人の割合は、無延滞者が延滞者の約2倍です。他人からの勧めがあった場合でも、無延滞者はその4分の3が家族からの勧めであるのに対し、延滞者では学校関係者や友人の勧めが過半を占めています。

これらを総合的に考えると、無延滞者と比べて延滞者は、自らの借金である奨学金を借りるという行為を、他人任せにしている傾向がうかがえます。

また、他人任せにした結果、無延滞者では遅くとも貸与手続きが終了するまでには95%以上が奨学金の返済義務について理解しているのに対し、延滞者の30%以上はその時点で返済義務を理解しておらず、更には卒業後に返済を開始する段階でも2割は返済義務を理解していませんでした(「いつ理解したか不明」を含む)。

お金を借りるときにそれを将来返済しないといけないと思っていない人が奨学金を借りるべきでないというのは、おそらくすべての人が思うことなのではないでしょうか。

奨学金の返済可能性に一番影響があるのは、どのような就職ができるかという点ですが、これは奨学金を借りる段階では分かりません。せいぜい少しでも良い大学に入るよう頑張るくらいです。

ですが、奨学金が自らの借金であることを理解した上で、自ら能動的に奨学金を借りることを決断し自ら手続するだけだったら、誰にでもできます。金融リテラシーを学ぶこともできます。奨学金返済困難に陥らないために、仮に陥ってもそこからリカバリーするために、そういう心掛けを大事にすると良いと思います。

奨学金問題や働くこと、問題解決思考などについては、以下の記事も参考にしてください。
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
■有馬記念から考えるダブルバインド克服方法。
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。
■恒例の年初のご祝儀相場、今年は「微妙」と考える根拠。

■まとめ
・返済困難時の奨学金の猶予措置については十分に周知されていません。
・奨学金は借金なので、金融リテラシーが未熟なまま借りてはいけません。
・問題解決思考が苦手な人はいざというときに困ります。要注意。
・申請手続きを他人任せにしていると返済困難のリスクが高まります。
・大学進学と奨学金借入について、リスクとリターンを良く考えましょう。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

恒例の年初のご祝儀相場、今年は「微妙」と考える根拠。

あけましておめでとうございます。昨年の株式市場は、日経平均が約8%上昇し3年連続のプラス成長となりましたが、経済指標がマチマチだったことなどから、過去二年に比べるとやや期待外れ感の残る一年となりました。未年の今年はどんな年になるでしょうか。ちなみに直近2回の未年の株式市場は一勝一敗です。

■広く知られる年始の「アノマリー」
大晦日から休場している株式市場は、今年は5日月曜が市場開きです。株式市場では、年末の最終営業日を大納会、年始の市場開始日を大発会と言います。TVのニュース等でも毎年紹介されていますので、ご存知の方も多いかと思います。

その株式市場で広く知られるアノマリーに、「大納会から大発会にかけて株価が上昇する」現象があります。曜日や季節等によってパターン化された市場の偏りのうち、明確な理由づけが困難なものをアノマリーと言います。

この年初のアノマリーは、ご祝儀相場とも言われています。願掛けで買いから入る人が多くなるからということですが、「皆がそうするだろうから乗ってしまえ」という考えから買っている人も大勢いそうです。

図で見てみると、確かに横軸の上側に不自然に思える偏りを確認できます。図の青棒は年始の「始値」で見た場合、赤棒は「終値」で見た場合の、年末終値からの上昇率(または下落率)です。

過去30年を振り返ると、年末の終値から比べて年始の「始値」が上昇した年が25回、下落したのが5回と、上昇回数が下落回数を大きく上回っています。また、下落した年でもさほど大きな下落ではないことが確認できます。上昇率の平均は約1%です。

仮にアノマリー(偏り)がなく下落する確率が1/2だったとすると、下落が5回以下となるのはたった0.016%、6000回に1回程度の出現頻度となります。そんな確率の事象がここで発生しているとは考えにくいので、アノマリーが実際にあると考えるのが妥当でしょう。

一方、年末の終値に対して年始の「終値」がどうなったかを見ると、上昇が19回、下落が11回と、少々頼りない感じです。図では赤棒で示していますが、この30年で3回ほど大きく下落しています。上昇率の平均は0.3%です。

「終値」で売買した場合の「平均0.3%のリターンで、10回に1回は大きく負ける」というのは、あまり積極的に資金投入する気にはなれない数字です。単純に年始アノマリーだけに張るのであれば、年末に買って年始の寄り付き(取引開始時点)で売るのが合理的かもしれません。

■「大雑把な分析」で分かった傾向とは
上の図をもう一度よく見ると、大きく下落した年では、いずれも始値が前年末終値比マイナスであることが分かります。これは、アノマリーによる始値の上昇期待があったところが実際には下げてしまったので、市況を悲観する向きが大勢となった結果とも考えられます。何らかの期待があるところにそれに反する結果が提示されると、それがサプライズとなって短期的な方向性を決定づける場合があります。

また、当然ですが、前日までの市場動向もアノマリーの「効き目」に影響します。実験的に、先ほどの過去30年のデータを、大発会の前営業日の米国市場(S&P500指数)の日次上昇率と、大納会の日経平均日次上昇率のいずれか若しくは両方がマイナスだった場合と、どちらもプラスだった場合とに分けてみました。

結果は、前者は「始値」が上昇した割合が83%、平均上昇率0.7%、「終値」が上昇した割合が57%、平均上昇率0%と「効き目」が弱く、後者のどちらもプラスだった場合は「始値」上昇86%、平均上昇率1.7%、「終値」上昇86%、平均上昇率1.3%と、アノマリーの「効き目」が強く出ました。

ここから類推されるのは、直前の市場動向が日米ともに上向きな場合は年初のアノマリーが出やすく、市場動向がネガティブ或いはマチマチな場合にはアノマリーは出にくいという点です。

今年の場合は、昨年末の大納会で日経平均が結構下げていますので、おそらくアノマリーは出にくく「微妙」な感じになるのではないでしょうか。

■「大雑把な分析」の留意点
年一回のイベントに現れるアノマリーですので、サンプル数の少なさから、統計的に有意な結論を出すのは難しいのですが、こうした大雑把な分析でも意味のある結果を得られることは少なくありません。また、世間一般で言われていることを自分なりに噛み砕いて理解する上でも、大雑把な分析は有用です。

ですが、何でもかんでも大雑把にぶった切ってみれば良いというわけではありません。その大雑把な切り方には、必ず理論的な背景や論理的な洞察、合理的な意図がなくてはなりません。結果の見栄えを良くするためだけに切り方を変えるのは、意味がないだけでなく、結果から得られる学びをミスリーディングしてしまいます。

市場には他にも様々なアノマリーやバイアス等が存在します。統計やITのスキルを駆使してそれらを独自に分析することで、何か素晴らしい発見があるかもしれませんし、そうでなくても自分の投資スタイルについて深く考えるきっかけにもなるでしょう。きっと今よりもっと投資を楽しめるようになると思います。

■まとめ
・パターン化された市場の偏りのうち、明確な理由づけが困難なものをアノマリーと言います。
・株式市場には、年初に上げ相場になりやすいというアノマリーがあります。
・過去データで見ると、年初のアノマリーは始値には比較的出やすいですが、終値では大きく反対に動くこともあります。
・過去データで見ると、日米ともに前営業日のパフォーマンスが良いとアノマリーが出やすい傾向があります。
・2014年大納会が下げ相場だったため、過去データから、アノマリーが強く出にくいパターンと言えます。
・統計的に有意でない大雑把な分析も有用ですが、分析結果に恣意性が働かないよう留意すべきです。
・市場データ等を自分で処理して分析すると、投資が一層楽しく感じるようになります。
・投資にはリスクがあります。リスクとリターンを良く考えましょう。