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「リスクの分散を目的とした多角化は、投資家の観点から見れば不要である」という意見についての考察。

(京都大学経営管理大学院レポート2010/6/3より抜粋)

経営戦略のテキストによれば、いくつかの実証研究によって、企業が外部投資家のリスクを減少させることだけを目的とした事業の多角化を追及した場合、平均的には企業の経済的パフォーマンスが悪化することが分かっている。

しかしながら、同じくテキストによれば、多角化によるリスク分散が株主に対し株主が容易に実現できない価値を間接的にもたらす場合がある。リスク分散によって、①ステークホルダーによる価値があり希少で模倣困難な企業特殊な投資が促される場合、②信用力が向上し資金調達が容易になる場合等がこれにあたる。これらの点に加え、以下では自分なりの考えを述べたい。

投資家が自らのポートフォリオの構成によって十分効果的なリスク分散を図るには、少なくとも以下の2つの要件を満たす必要がある。

  • 情報の対照性が十分確保されている。
  • 投資家がリスクマネジメントについての十分な知識やスキル、経済規模を有している。

財務会計やディスクロージャーによって情報の対照性はある程度確保されているものの、必ずしも企業に内在するリスクを十分に網羅できているわけではない。

また、十分に効果的なリスクマネジメントの機能を有する投資家は、おそらく機関投資家の一部に限られているだろう。さらに、個人投資家など投資家の多くは、ポートフォリオ管理によるリスクマネジメントを効果的に行うだけの経済規模を有していないかもしれない。

ゆえに、要件が満たされない場合が多いと考えられる以上、「リスクの分散を目的とした多角化は、投資家の観点から見れば不要である」という意見に一般性を持たせることは、妥当ではないと考えられる。

シュンペーターが言う「創造的破壊」とは。

(京都大学経営管理大学院レポート2010/5/6より抜粋)

シュンペーターは、イノベーション、即ち古く非効率なものが新しく効率的なものによって駆逐されるプロセスによって経済発展するという考え方を提唱し、その新陳代謝のプロセスを「創造的破壊」と呼んだ。これまで多くのIT関連企業が社会・経済システムに対し「創造的破壊」をもたらしてきたが、その一例としてDEC(Digital Equipment Corporation)が社会に対し担った役割と与えた影響を見ながら、イノベーションと「創造的破壊」について考える。

1957年に設立されたDECは、当初はフリップフロップやゲート等のデジタルモジュールを作成するメーカーであったが、その後1960年代から1980年代まで一貫して、メインフレームよりも小さく比較的安価なミニコンピューター市場のリーディングカンパニーとして、先端的なアイディアや機能を搭載したミニコンピューター(PDPシリーズ及びVAXシリーズ)を数多くリリースした。1990年代には世界初の64ビットRISC(Reduced Instruction Set Computer)プロセッサを開発するなどしたが、その頃からミニコン市場が急速に縮小したことにより業績が悪化し、資産や技術の切り売りを繰り返した後、1998年にコンパックに買収され、企業としての歴史に幕を閉じた。1990年代にはノートPC等のパソコンも発売されたが、薄くスタイリッシュな独特のデザインは、時代を数年先取りするものであった。

DECが社会にもたらした役割の第一は、それまで大きすぎるためにデータセンターで管理されるしかなかったコンピューターを、小規模化と低価格化により研究者や技術者の手元に届けたことであろう。大成功を収めたPDP-11やその他のDEC社製ミニコンピューターによって、多くの研究者、技術者が様々な試みを試すことができたと言われている。

第二の役割として、数多くの有用な情報通信技術を開発し、社会に提供したことがあげられる。例えば、PDP-11のOSはMS-DOS等に大きな影響を与えたコマンドラインインターフェースを有し、仮想アドレス、ページング方式、メモリ保護機能、タイムシェアリングシステム等、現在のコンピューターでも採用されるような重要な技術を採用していた。VAXのOSとして開発されたVMSはWindows NTへ引き継がれた。イーサネットは現在でもLANの標準となっている。

また、金融業界への影響も多大であったと考えられる。DECのVAXは米国等の金融業界で広く採用され、1990年代半ばまで、金融商品の複雑化・多様化のツールとしても活用されることとなった。今日の様々な金融商品、金融派生商品のベースはこの頃に築かれている。

シュンペーターはイノベーションを5つに類型化しているが、DECによってもたらされたのは、そのうち「新しい財貨の生産」と「新しい販売先の開拓」としてのイノベーションであろう。ミニコンや多くの新技術の開発と実用化それ自体は「新しい財貨の生産」であり、また、それまで自前のコンピューターを持てなかった研究者・技術者個人もしくは小規模組織にまでコンピューター市場を広げた点で、「新しい販売先の開拓」としてのイノベーションであったとも考えられる。80年代以降の金融業界でのVAXの採用も、「新しい販売先の開拓」としてのイノベーションであったと考えられる。

DECによるミニコンの展開は、研究・開発分野等における個人もしくは小規模組織レベルでのコンピューターの自由度の高い活用を容易なものとした。これは、それ以前の大規模コンピューターの時代には考えられなかったことであり、ビジネス分野でのコンピューターシステム利用の可能性において、「創造的破壊」をもたらしたと言える。

DECがもたらしたミニコンによるイノベーションがその後のワークステーションやパソコンの普及による新たなイノベーションにより簡単に駆逐されたように、技術進歩が急速なこの分野での「創造的破壊」は、今後も繰り返されるであろう。

(参考: Wikipedia.  “MOT用語集”, MOTの基礎知識, i Library.)

レポート「放射線、放射能、放射性物質、その健康被害について」の全文。

(京都大学経営管理大学院レポート 2011/4/19) レポートへのリンク

  1. はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災した福島第一原発の複数の原子炉及び使用済み核燃料プールにおいて、電源喪失により冷却機能を失ったことで燃料棒が一部溶融した(と考えられている)。これにより発生した放射性物質の一部が、意図的なベントや格納容器もしくは圧力容器の部分的な破損個所からの漏れによって、大気中及び海水中へ放出もしくは流出された。チェルノブイリ以来となった重大な原子炉事故は世界中で注目され、事故に起因する放射線の影響について、憶測やデマも含め様々な情報が氾濫することとなった。ここで「放射線、放射能、放射性物質、その健康被害」について適切な文献を元に自身の考えをまとめることは、巷に氾濫する情報を適切に取捨選択し正しく理解する基礎を培うための一助となるだろう。

課題テーマのうち「放射線、放射能、放射性物質」の基本的理解に関しては、マスメディア等で取り上げられる際に混同や誤用が目立つものの、専門家の間で議論がなされる余地はおそらくほとんどなく、したがって本レポートにおいても物理学の分野で基本的な事柄として理解されている内容を簡単に説明するに留める。

他方、放射線による健康被害については、専門家の間でも意見が分かれる部分もある。本レポートでは、放射線の人体への影響に関する基本的理解を示すとともに、健康被害について専門家間で意見が異なるケースについて検証する。危険性を強く主張する「専門家」の一部には、例えば「炉心溶融して再臨界に至る」といった独自の状況見通しをもとにリスクを評価している者も見られるが、そのような原子炉の状況の急激な悪化を前提とした意見はここでは取り上げない。主に、3月15~16日に発生した大気中への放射性物質の大量放出を主因とする大気汚染による健康被害について考えることとする。

  1. 放射線、放射能、放射性物質

本節では、放射線、放射能、放射性物質に関して、理解しておくべき基本的事項について概説する。節全体において放射線科学センター[2005](pp11-48)と中村[2011]を参考とした。その他の参考文献については、該当箇所において適宜示す。

(1)     放射線、放射能、放射性物質の関係

一つの原子は、元素記号(核種)と原子番号(陽子の数)及び質量数(核子の数)によって表される。核子とは原子核を構成する粒子で、陽子と中性子がある。原子記号が同じ原子の中には質量数の異なるものがあり、それらを同位元素(アイソトープ)と呼ぶ。同位元素は化学的性質を同じくする。同位元素には、自然界で長期的に安定して存在できる安定同位元素と、自然界において時間の経過とともに崩壊し異なる元素に変化する放射性同位元素がある。自然界に存在する原子のほとんどは安定同位元素である。

放射性同位元素が崩壊する性質(あるいは能力)を放射能と呼び、通常、単位時間当たりに起こる崩壊の数によって表される。また、放射性同位元素の崩壊によって発生し放出されるエネルギー線が放射線であり、放射性同位元素自体や放射性同位元素を相当量含んだ物質を放射性物質と呼ぶ。すなわち、放射性物質の持つ放射性崩壊の特性が放射能であり、その働きにより放射性物質から放射線が放出される。

(2)     放射線の種類と基本的な特徴

放射線は電磁・電気的特性により、電磁放射線、非荷電粒子線、荷電粒子線の3つに分類される。電磁放射線には電子や陽電子のエネルギー変化にともない放出されるX線と、核子のエネルギー変化にともない放出されるγ線がある。非荷電粒子線としては中性子線があり、これは格分裂や核融合といった原子核反応によって作られる中性子が放出されたものである。最後に、荷電粒子線にはβ線、陽電子線、α線等といった様々な種類の放射線がある。放射性崩壊によって原子核から負に荷電した電子が放出されたものがβ線、電子のかわりに陽電子が放出されたものが陽電子線、中性子2個と陽子2個から成るヘリウム核と同等の粒子が放出されたものがα線である。また、陽子線、重陽子線、重イオン線等のように加速器等によって作られる放射線も荷電粒子線である。ここでは、原子炉事故において放出され特に注意が必要なβ線、α線、γ線についてやや詳しく見てみる。

原子核から放出された電子が原子核の引力を振り切り原子から飛び出したのがβ線である。β線の放出や軌道電子の電子捕獲によって原子核に1個の電子や陽電子が出入りし、質量数が変わらずに原子番号が1だけ増減するような放射性崩壊をβ崩壊と呼ぶ。これに対し、核子数の多いウラン等の放射性同位元素がα線を放出する際の放射性崩壊をα崩壊と呼ぶ。α崩壊では中性子2個と陽子2個が放出されるため、崩壊によって元の原子核は原子番号が2、質量数が4小さい核種に変化する。

一方、α崩壊やβ崩壊、あるいは核分裂等によって励起状態となった原子核が、安定状態に戻ろうとするために高エネルギーの電磁波を放出したものがγ線である。崩壊による原子核の変化が発生原因となるため、α線やβ線と同時に放出される場合が多い。α線とβ線が粒子であるのに対し、γ線は粒子に似た性質を持った電磁波(光)である。

β線やα線のエネルギーは、電子の運動エネルギーである。非常に質量が小さいβ線は、物質の中を通り原子と衝突する際に原子核の引力の影響を受け向きを変え、このとき運動エネルギーの一部を電磁波である制動X線として放出する。β線の7000倍以上の質量を持つ重いα線は、原子との衝突でもほとんど向きを変えずにまっすぐ進む特徴がある。β線やα線はまた、進みながら電離と励起を繰り返すことで、自身の周りにδ線と呼ばれる粒子線を放出する。放射線のエネルギーは物質の中を進むうちに徐々に弱まり、最終的に物質の中に吸収される。高度情報科学技術研究機構[2011]によれば、放射線の線質の違いを表す指標としてLET(Linear energy transfer)があり、「荷電粒子の飛跡に沿って単位長さ当りに局所的に与えられるエネルギー量」として定義される。δ線放出の頻度が高いα線は高LET放射線に分類される。β線やγ線は低LET放射線である。LETの高低により放射線の照射による生物学的影響が異なるとされている。(09-02-02-11)

放射線の透過性については粒子の大きさが影響する。比較的大きな粒子であるα線が最も物質に吸収されやすく紙一枚で止まるが、小さな粒子であるβ線は紙を透過し薄いアルミニウム板に吸収される。電磁波であるγ線は紙もアルミニウム板も透過するが鉛板にはほぼ吸収される。また、中性子線は紙もアルミニウム板も鉛板も透過するが、水には吸収されるという性質がある。

(3)     放射線及び放射能の測定

放射線量を表す単位にはグレイ(Gy)とシーベルト(Sy)がある。吸収線量の単位であるグレイは、単位質量(Kg)あたりの放射線の吸収エネルギーを表す。これに対し線量等量(実効線量)の単位であるシーベルトは、吸収線量グレイに生物学的影響を加味した係数を掛けあわせたものである。物質に吸収されやすく高LETであるα線の係数はβ線やγ線の20倍程度とされている。一時間あたりの線量、一年間あたりの線量、長期での総量など、目的に応じて異なるベースで線量又は線量率として評価されるため、単に値だけを見て誤認または誤用することがないよう注意が必要である。

放射能の単位であるベクレル(Bq)は単位時間あたりの崩壊数を表しており、1Bqは1秒あたりに1回崩壊する放射能の水準を意味する。キログラムあたりBqや立方メートルあたりBqというように、質量や体積あたりのベクレルとして表す場合が多いため、線量単位と同様に単純に値だけを見て比較することがないよう注意する必要がある。スペクトル等から核種が明らかである場合、核種ごとの放射性崩壊の特徴を考慮することで、ベクレルをグレイやシーベルトに換算(概算)できる。

特定の放射性元素の崩壊は確率的に発生する。一定の確率で崩壊する放射性元素は指数関数的に減少し、最終的には極めて少なくなる。放射性元素が減少することで、測定される放射能Bqや線量率Gy(又はSv)も同様に減少する。ここで、元の値から半減するまでの時間を半減期と呼ぶ。例えば、ヨウ素131の半減期は約8日と短く、セシウム137の半減期は30年と比較的長い。ウラン234のように半減期が24万5千年と特に長い放射性元素もある。半減期を一期間としたときのt期後の放射性物質の量は、当初の2のt乗分の1となる。半減期が8日と短い放射性ヨウ素131で考えると、約1カ月後に当初の6%程度まで、約2カ月後に当初の0.4%程度まで減少する。

放射性物質は、核種によって異なる放射線のスペクトルを持つため、その形状を見ることで核種を特定できる。但し、強い放射能を持つ核種が存在する場合は他の核種のスペクトルが見えにくくなるため、特定は困難となる。今回の原子炉事故後に東京電力による核種の特定ミスがあったのもこのためである。また、ストロンチウムの検出に時間がかかったのも同様で、分かりやすいスパイク状のエネルギー分布を持たずそもそもスペクトルがはっきりしない微量のストロンチウムを検出するには、半減期が短く放射能の大きいヨウ素131の量が大きく減少するのを待つ必要があったためと考えられる。

(4)     日常の放射線被曝

人は日々生活する中で微量の自然放射線を受け続けている。自然放射線の主な線源には、宇宙線の電離成分と中性子成分、宇宙線生成核種、原始放射性核種がある。影響は微量であるが、過去の大気中核実験や人工衛星打上げ事故等によって、プルトニウムや自然界に存在しない種類の放射性核種についても世界中に拡散されている。また、自然放射線ではないが、x線検査、CTスキャン、放射線治療等の一部の医療行為によっても日常的に放射線被曝している。

放射線科学センター[2005]によれば、自然放射線による年間の放射線被曝量は世界平均で2.4mSv/年、国内で1.4mSv/年とされている(p41、1988年推定値)。高度や地形、天候等によって放射線量や放射性物質の降下量が異なること、地盤や構造物等の組成によって含まれる放射性核種の種類や量が異なることなどにより、自然放射線量は地域によって大きく異なる。国内では西日本に比較的高い(概ね世界平均よりは低い)地域が多い。高度情報科学技術研究機構[2011]によれば、中国広東省陽江市、インドのケララ地方、ブラジルのエスピリト・サント州やミナスゲレス州の一部、ナイル三角州、ガンジス三角州、ケニア海岸、イランのカスピ海沿岸、スウェーデンのウランを含む岩周辺等で、特異に高い放射線量が測定されている。これらの多くでは、世界平均の数倍から10倍程度の放射線量であるが、ブラジル・ミナスゲレス州の一部では空間線量245mGy/年と、世界平均の約100倍の放射線量が測定されている(09-02-07-01, 09-02-07-02, 09-02-07-03)。

  1. 放射線による人体への影響

本節では、初めに(1)放射線による細胞への影響のメカニズムについて、続いて(2)放射線による個体への影響について、国際的に認められている基本的理解について概観する。(1)では高度情報科学技術研究機構[2011]を参考とする。これらの基本的理解についても未だ確かでない点が多く、今後の研究の進展によって適宜修正する必要性が生じるであろう。(3)では、 (1)及び(2)の基本的理解を踏まえ、高度情報科学技術研究機構[2011]及びICRP[2007]を参考に、国際放射線防護委員会(ICRP:International Commission on Radiological Protection)や放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR:United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)において検討された低線量・低線量率でのリスクの推定について見てみたい。

(1)     放射線による細胞への影響のメカニズム

放射線を受けた生体の構成分子がそのエネルギーを吸収することで、電離や励起が生じる。これが原因となって細胞内のDNA等の「標的」が損傷されることで、細胞の自死(アポトーシス)や細胞異常が起こり、その程度によって様々な生物学的障害が引き起こされる場合がある。細胞が数度の分裂後に死滅する増殖死や細胞異常は低線量の放射線によっても発生するが、非常に高い線量を照射された場合に細胞は短時間で死滅(間期死)する。この場合、DNA以外の標的が損傷されていると考えられている。(09-02-02-07)

細胞内の標的は、直接作用と間接作用によって損傷される。直接作用は、放射線によって生じた電離や励起が直接DNAの一本鎖切断や二本鎖切断をもたらす作用であり、影響の頻度は線量に比例する。中性子線やα線といった高LET放射線では、直接作用による影響がほとんどである。間接作用では、生体を構成する水分子に放射線が照射されることでOHラジカル等のフリーラジカル(不対電子を持つ原子や分子)が生成され、それがDNAと化学反応し、DNAが損傷する。一本鎖切断や二本鎖切断のほか、塩基障害、糖障害、酸化等の化学変化が及ぼされる。(09-02-02-06)

生体にはもともと防護機構があり、放射線障害から正常な状態に戻る能力が備わっている。細胞単位や器官等の細胞集団単位で障害が改善される現象を「回復」、DNA損傷等の分子レベルの損傷が治癒される現象を「修復」と呼ぶ。異常な細胞を死滅させるアポトーシスも、生体を防護するための働きの一つである。DNAは、らせん状の二本鎖の向き合った対の分子同士が必ず同じ組み合わせとなっており、一本鎖だけが切断された場合には遺伝子情報が失われないため、正しく修復される。これに対し二本鎖切断の場合には、本来の遺伝子情報が失われてしまい、誤った修復により遺伝子が変異する場合がある。異常な遺伝子を持つ細胞が大きく増えることで、個体としてのがんの発症につながる。(09-02-02-12)

上記の防護機構の働きにより、低LET放射線を総量として等量照射する場合、低線量率で長く照射するか或いは数度に分割して照射することで、高線量率で短時間に照射した場合と比べて細胞への影響は小さくなる。線量率を下げて時間をかけて照射することで影響が低減する効果を、線量率効果と呼ぶ。一方、高LET放射線ではこのような関係が観測されないことから、高LET放射線による放射線障害は細胞レベルではほとんど回復されないと考えられている。また、マウス等による実験で、低線量率とした場合の回復効果は個体でも同様に観測されており、細胞レベルの回復効果が個体レベルの回復に影響していると考えられる。(09-02-02-12)

放射線による生体への影響は細胞分裂能力に左右されるため、細胞系によって感受性が異なる。細胞分裂能力のある細胞を含む細胞再生系と呼ばれる組織で最も影響が大きく、次いで、刺激を受けることで細胞分裂を開始する条件付細胞再生系、細胞分裂を停止した細胞で構成される細胞非再生系の順となる。細胞再生系には造血組織、生殖腺、上皮組織、水晶体等が、条件付細胞再生系には肝臓や腎臓等が、細胞非再生系には筋組織、脂肪組織、神経組織等が含まれる。(09-02-02-08)

(2)     放射線による個体への影響

放射線による個体への影響は、身体的影響と遺伝的影響、急性的影響と晩発的影響、確定的影響と確率的影響といった、いくつかの軸で整理される。身体的影響は被曝した本人に現れる影響で、遺伝を通じて子や孫の世代に染色体異常が引き継がれることによって発現するのが遺伝的影響である。身体的影響のうち、「一度」に大量の放射線を被曝した後、数週間以内に現れるものを急性的影響(急性効果)、潜伏期間の後に発現する影響を晩発的影響(晩発効果)と呼ぶ。また、身体的影響や遺伝的影響のうち、被曝量がある閾値までは発症せず、閾値を超えると高確率で発症する影響が確定的影響であり、通常、被曝量が増大するにつれて重篤度が増す。急性的影響のすべてと晩発的影響のうち白内障など一部が、確定的影響である。他方、被曝総量が上昇するにつれて発症確率が増加する影響が確率的影響と呼ばれており、がんや白血病等の晩発的影響や遺伝的影響がこれに含まれる。ここで「一度」とは、数分から数時間、もしくは数十時間程度とされるのが一般的である。(放射線科学センター[2005])

急性的影響は、概ね100mGy以上の大量の放射線を一度に浴びることにより細胞の回復力を大きく超えた量の細胞死や細胞異常が発生した結果、主に前項で触れた細胞再生系の臓器や組織の障害として現れる。症状としては、染色体異常、一次的な不妊、おう吐、永久不妊、個体の死亡等がある。高度情報科学技術研究機構[2011]によれば、急性効果による死亡の閾値は1.5Gyとされている。被曝後60日以内に半数が死に至る放射線量として定義される指標LD50/60は、適切な医学治療がない場合で3Gy、治療される場合は4~5Gyである。また、10Gy以上ではほぼ確実に死亡する。10Gy以下では主に骨髄障害が死因となる。10~50Gyのレンジでは主に胃腸障害により1~2週間で死亡し、50Gy以上では中枢神経の障害で2日以内に死亡する。(09-02-08-02)UNSCEAR[2010]は、チェルノブイリ事故の調査や生物実験等のデータから、概ね1Gyを下回る放射線量では重大な急性的影響はないと結論付けている(p18, Vollume I)。

晩発的影響は、放射線の被曝後に誤修復されたDNAを持つ細胞が細胞分裂によって増殖することで、中長期(10~30年程度)の潜伏期間の後に発症する障害を言う。晩発的影響には、がん、白血病、寿命短縮、白内障、不妊等がある。適当な集団のライフタイムでの影響を観測することが困難であること、低線量・低線量率での放射線由来の僅かの追加的影響を生活習慣等の多要因による影響から明確に分離することが極めて困難であること等の制約により、低線量・低線量率での晩発的影響については明らかな結論は出ていない。例えば、高度情報科学技術研究機構[2011]によれば、インド・ケララ州、中国広東省陽江市、ブラジル・エスピリサント州及びミナスゲレス州等の自然放射線量率が特異に高い地域での調査では、放射線による明らかな健康被害は出ていない(09-02-07-01、09-02-07-02、09-02-07-03)。また、原爆被害者に対する調査では、被曝量が約200mSv以下でのがん発生率の増加は観測されていないとされている(放射線科学センター[2005], p55)。UNSCEAR[2010]は、一時での100mSvの被曝はがんの羅漢率と死亡率に影響を与えると考える合理的な証拠があるが、低線量での影響を結論付ける証拠はないとしている(p64, Vollume II)。これに対しICRP[2007]は、いくつかの仮定のもと、低線量でのがん死亡リスク増加分を1mSvあたり0.005%の閾値なし直線線形と推定している(p12)。低線量・低線量率下のリスク推定については、次項で改めて説明する。

放射線による影響は大人よりも子供でより大きいが、これは子供のほうが大人よりも細胞分裂が活発な細胞を多く持つためで、細胞再生系の組織が放射線感受性が高いのと同じ理屈である。高度情報科学技術研究機構[2011]によれば、20歳未満の若年層と20歳以上とを比較した場合に低線量被曝でのがんによる死亡率に3倍程度の差があることを示す研究もある。また、放射線科学センター[2005]によれば、胎児が100mGy以上の相当量被曝した場合には小頭症等の奇形や精神発達障害を発症する(50mGy以上で何らかの症状が出る可能性が生じる)(p54)。

遺伝的影響については、放射線科学センター[2005]によると、人を対象とした調査結果で統計的に有意であると認められた例はないものの、生物実験から、両親のいずれかに10mSvの被曝があった場合に重度の遺伝的障害が生じる確率は2万5千人に1人程度と推定されている(p53)。この推定が正しいとすると、出生児の100人に1人が遺伝病を持ち、10人に1人が複合要因により何らかの遺伝的障害を持つとされている中で、2万5千人に1人程度の事象を統計的に有意な水準で観測することは極めて困難であろう。

人体が放射線から影響を受ける経路には、体外に存在する放射性物質から放出される放射線から影響を受ける外部被曝と、放射性物質を含んだ粉塵や飲食料を吸入、摂取することで、体の内部から放射線の影響を受ける内部被曝がある。本項でこれまで取り上げたものは主に外部被曝によるものである。内部被曝についての研究は外部被曝ほどは進んでいないが、チェルノブイリ事故後には放射性ヨウ素を含む牛乳を摂取した多くの人々に、内部被曝によって甲状腺がんが発症しており、その多くは当時感受性の高い小児であった。これは、ヨウ素が甲状腺に溜まりやすい性質を持っているためである。このほか、セシウムはカリウム等と同様に筋肉等に蓄積されるが汗や尿と共に排泄されやすく、核種の半減期そのものの長さのわりに生物学的半減期は数十日程度と比較的短くなる。ストロンチウムはカルシウムと同様に骨に蓄積されやすく排泄され難い。

(3)     低線量・低線量率被曝による晩発的影響の推定

前項でも触れたように、低線量・低線量率被曝による晩発的影響については、一部の例外を除き、そのものを十分に観測することができず不明な点が多い。そのため、ICRP[2007]やその他の研究調査では、広島・長崎の原爆被害生存者の生涯調査(LSS:Life Span Study)やチェルノブイリ事故等での被曝者の調査、細胞実験や生物実験の結果等をもとに、目的に応じて様々な仮定を置いた上で、放射線被曝によるライフタイムでの追加的な影響を推定している。「様々な仮定」は、高線量から低線量への読み替え、線量率効果の導入、放射線の浴び方(方向など)、追加的な死亡率とバックグラウンド死亡率(放射線被曝の影響がなかった場合の生涯死亡率)との関係性、バックグラウンド死亡率の水準と形状、生活習慣やその他の社会環境要因等、多岐にわたる。防護基準の提示を目的とするICRP[2007]では、リスクが「合理的に実現可能な範囲で低く(ALARA:As low as reasonably achievable)」なるように慎重にパラメータを設定している(p28)。また、UNSCEAR[2010]は、モデルによる推定には不確定要素が多いことを理由に生涯リスクの推定を行っておらず、低線量・低線量率での影響については「100μGy/hに満たない放射線量率では有意な影響はありそうにない」と述べるに留まっている。

ICRP[2007]において、生涯の追加的がん死亡リスクの推定にあたり設定した仮定のうち、主なものは以下のとおりである。

a) 線量・線量率効果係数(DDREF:Dose and dose rate effectiveness factor)を 2 とする。
b) 低線量域では、直線線形閾値なし(LNT:Linear-non-threshold)とする。
c) 全身均等照射を仮定する。
d) 各組織・器官別の生涯リスクを推定し、それらを合計したものをトータルの生涯リスクとする。

また、未確認であるが、バックグラウンド死亡率への追加的な死亡率の折り込みは、相乗リスク推定モデル(もしくは修整相乗リスク推定モデル)を用いていると思われる。相乗リスク推定モデルとは、放射線被曝による追加的な死亡リスクがバックグラウンド死亡率に比例すると仮定したモデルである。設定した仮定に基づき、低線量下でのがん死亡リスク増加分は1mSvあたり0.005%と推定されている。

上記のa)~d)の仮定は、それぞれが保守的な推定の基盤を与えるものと考えられる。高度情報科学技術研究機構[2011](09-02-08-02)によると、a)のDDREFについてはUNSCEARが1988年報告書で2~10のレンジを示しており、DDREF=2は慎重に決められた値であると考えるのが合理的であろう。b)については、高自然放射線量地域や原爆被害生存者の調査結果等から晩発的影響についても閾値が存在すると考える説もあり、閾値のない直線線形の仮定は保守的であると言える。c)の全身均等照射の仮定も、照射の方向に偏りがある場合よりも厳しい条件である。d)については、実際には複数器官で併発する場合があることを考慮すると、確率を単純に足し合わせた結果は保守的な見方であると言えるだろう。

このような予測モデルによる生涯リスクの推定は多くの機関や個人の調査研究において行われているが、仮定の設定をどのように決めるかによって得られる結果に大きな差が生じるため、晩発的影響についての研究結果にはイデオロギー等に起因するバイアスが反映される余地が大きく、調査結果を参照する場合には慎重な注意が必要である。

  1. 健康被害に関する議論

放射線による健康被害の危険性にかかわる評価について、本節では、前節までで概観した基本的理解を踏まえ、健康被害の危険性に関して専門家の間で意見が分かれているケースについて検証を試みたい。取り上げるケースは、東京大学医学部附属病院放射線科の中川恵一氏の率いる治療チーム(チーム中川)がネット上で公開しているブログ記事(中川[2011])と、その記事内で主張する低線量・低線量率被曝における晩発的影響についての見解に対し、慶応義塾大学医学部放射線科講師である近藤誠氏がサイエンス・メディア・センター(ジャーナリスト向けフリーソース・サイト)上で公開した批判記事(近藤[2011])である。

(1)     ケース

① 中川[2011]は、低線量・低線量率被曝による発がんリスクについて以下の見解を示している。

(前文略) およそ100mSv(ミリシーベルト)の蓄積以上でなければ発がんのリスクも上がりません。危険が高まったとしても、100mSvの蓄積では極めて僅かな増加と考えられます。(0.5%程度の増加を想定して管理)
そもそも、日本は世界一のがん大国で、2人に1人が、がんになります。つまり、50%の危険が、100mSvあびてもほとんどそのがんになる危険性は変わりません。タバコを吸う方がよほど危険です。現在の1時間当たり1μSvの被ばくが続くと、11.4年で100mSvに到達しますが、いかに危険が少ないか分かると思います。

② これに対し近藤[2011]は、以下のように中川[2011]の見解の問題点を指摘している。

0.5 %という数字は、国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年の勧告中にある、1シーベルトあたりの危険率(5 %)に由来していると思います。つまり1シーベルトで5 %ならば、その10分の1の100ミリシーベルトならば、危険率は0.5%になるというわけです。しかし、この数字は発がんリスク(がんになるリスク)ではなく、がんで死ぬリスクです。ここでは、2人に1人ががんになるというのは発がんの確率ですから、ここに、危険率(がんで死ぬリスク)の0.5 %をプラスしているのは、発がんリスクとがん死亡のリスクを混同していると考えられます。

③ その一方で近藤[2011]は、Cardis E[2005]による研究結果を参考に以下の見解を示している。

また被ばく量が1シーベルト上がるごとに、がんによる相対過剰死亡数が率にして0.9797 %)増える計算です。相対過剰死亡率の計算は若干難しいので、結果だけ示しますと、死亡統計により国民死亡の30 %ががんによる日本では、10ミリシーベルトを被ばくすれば、がんの死亡率は30.3 %100ミリシーベルトの被ばくでは33 %になります。
100ミリシーベルト以下は安全だとする説は、ここ数年でほぼ間違いだとされるようになっています。

①で取り上げているのは、チーム中川が今回の原子炉事故を受けて健康被害についての正しい理解を促すためにアナウンスしている内容のごく一部であるが、近藤[2011]との比較の観点から、他の部分については特に取り上げない。

(2)     検証1:ICRP[2007]に基づく発がん率について

ICRP[2007]については、無料で参照できる範囲がExecutive SummaryやGlossary等に限られたため、ICRP[2007]が言う100mSvあたり0.5%の増加というのががんの生涯発症率であるのかがんによる生涯死亡率であるのかを直接確認することができなかった。しかし、以前の基準であるICRP[1990]に関する高度情報科学技術研究機構[2011]の該当項目(09-02-08-04)等の複数の資料から、がんによる生涯死亡率の増加分であることが合理的な確度で類推される。この類推が正しいとすれば、②はその点において妥当な批判であると言える。また、③にあるように、日本の死亡要因別死亡者数の内訳ではがん(白血病を除く)が凡そ30%であるので、①では、「発がんのリスク」を「発がんにより死亡するリスク」、「2人に1人が、がんになります」を「3人に1人ががんで死亡します」等と書くべきであろう。ちなみに、血液のがんである白血病については別途リスク推定されている。

しかしながら、②や③で「がん死亡のリスク」を、様々な仮定を置いた上での推定値であって、実際に観測され統計的に有意であったものではないことに全く触れないのは、誠実であるとは言えない。この点については、「リスクはわずか」論者と「リスクは重大」論者のどちらも、明確に説明していない場合が多い。「リスクはわずか」論者にとっては、十分な防護措置を検討するための基盤であるICRPの推定値が保守的なものであるとの「常識」から、詳しく説明する必要がないと判断しているのかもしれないが、一般向けの簡易な説明であっても詳細な説明資料への参照をもつことで、より信頼性の高い情報ソースとして活用されうることを理解すべきだろう。

(3)     検証2:③の近藤[2011]の見解について

近藤[2011]が拠り所としたCardis E[2005]は40000人以上の原子力関連の作業員を平均12.8年程度観測した膨大なデータを元にしている。しかしながら、この調査研究についてUNSCEAR[2010]は、白血病の調査結果に関して統計的に有意でない点を指摘した上で、以下のように評価している。

“So, the effect of protracted radiation exposure on leukaemia risk and, in particular, the magnitude of any dose and dose-rate effectiveness factor are matters that still need to be resolved. The-non-linear-dose-response relationship for leukaemia, particularly that seen in the survivors of the atomic bombings, should be taken into account when discussing values for the DDREF.” (p172, Volume II)

すなわち、高線量・高線量率から低線量・低線量率への読み替えが適切に行われていないというのが、UNSCEARの報告書によるこの研究への評価である。がんの死亡率に関しての記載は見当たらないが、がんについてだけ適切に行ったとは考えにくい。実際のところ、”dose and dose rate”や”DDREF”といった表現は、Cardis E[2005]には見当たらない。また、放射線量1Svあたりのバックグラウンド死亡率に対する増加割合が97%(すなわち、総量1Svの低線量被曝で日本人の生涯がん死亡率が30%程度から60%程度に増加する)というのは、急性効果の死亡の閾値が1.5GyでLD50/60が4~5Gyとされている点等とのバランスから見ても、違和感を感じる点である。近藤[2011]が、推定結果の計算の前提条件をまったく説明することなく、UNSCEAR によって問題点が指摘されているCardis E[2005]の調査結果を信頼すべき情報として提示しているのは、適切とは言えないように思う。自説にとって都合の良い文献をバイアスを以て選んでいる可能性について考慮する必要があるだろう。

また、③の「100ミリシーベルト以下は安全だとする説は、ここ数年でほぼ間違いだとされるようになっています」説は、少なくともUNSCEARやICRPの複数の資料やそれらの説明資料においては見当たらなかった。一般的に言われている言説を否定する場合、適切な参照がなければ説得力を持ちえないのではないだろうか。ここでは、「100ミリシーベルト以下は安全」と言い切るのではなく、「100ミリシーベルト以下は合理的に危険性がほとんどないと考えられるレベル」といった表現がより適切だった可能性があるということで、「間違い」かどうかではなく、表現が適切かどうかの問題であるように思う。どのような「安全」にも例外はあり、例外が許容範囲を超えると「安全」という表現が適切ではなくなる。中川[2011]と近藤[2011]では、明らかに「安全」が許容する例外のレンジが異なっているように見える。

(4)     本ケースで明らかになった問題点

一つのケースについて簡単に検証しただけであるが、健康被害に関する理解について誤った情報や矛盾する見方が氾濫する要因の一部が明らかになったように思う。ケースでは、以下のような問題があった。

  • 査閲のない情報発信においては、専門家でもミスが多々ある。
  • 一般人向けとする場合、簡易な表現で言い切ってしまうきらいがある。
  • 一般人向けとする場合、情報ソースへの参照を端折ってしまうきらいがある。
  • 一般人向けとする場合、数値の背景を十分に説明しないきらいがある。特に、様々な仮定に基づいたモデルによる推定値を、その旨を表示せずに観測値のように使用するのは、誤解やデマの元である。
  • 確証バイアスによる情報探索が行われる場合がある。
  • 「安全」という表現が許容する例外の範囲が、人によって大きく異なる。
  1. おわりに

この一カ月の間に放射線や放射線被曝による健康被害について学んだことから、「福島原発周辺では今後中長期にわたり慎重に対応する必要があるものの、特に関東以西の人は放射線被曝による健康被害の心配はない」と結論付ける。Appendixの図を見ても、今後重大なインシデントが生じない限り、大気中からの福島原発事故由来の放射性物質のフォールアウトが微量であるのは間違いないと思われ、外部被曝による健康被害のリスクは極めて限定的であろう。また、飲食料からの経口摂取についても、今後適切にモニタリングすれば問題なく、内部被曝による健康被害のリスクもほとんどないと考える。農水産物は、放射能基準量を若干超えたものが一部市場に出回る可能性はあるが、それらを時々摂取してしまったとしても健康に影響が出ないと考えて良いだろう。放射性物質が炎とともに舞い上がって飛び散ったチェルノブイリ事故ですら、放射性ヨウ素による内部被曝以外の影響がほとんど出ていない事実が安心を担保する。チェルノブイリでは、事故当初には一般公衆向けの適切な防護措置がとられなかったことが、大勢の人々がヨウ素131のような半減期の短い核種によって内部被曝してしまう原因となったが、福島では初期に出荷規制などの防護措置がとられた点が大きく異なる。

しかしながら、放射線被曝の危険性がないと言ってよい地域であっても、放射能への過度の不安から多くの人に精神的な障害がもたらされる可能性がある。前節で見たような健康被害にかかわる情報の混乱が、人々の不安を強くする面もあるだろう。UNSCEAR[2010](p182, Volume II)のチェルノブイリ事故に関する調査研究についての総括には、数百万人がPTSDを患ったと記述されているが、今回の事故によっても同じ問題が数多く見られることになるかもしれない。そうした精神的な健康被害が僅かずつでも少なくなるよう、今後も自分の周りの人からケアしていけるよう心がけたい。

参考文献一覧

Cardis E[2005]        Cardis E, Vrijheid M. Blettner M., et al. “Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries,” BMJ.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC558612/ 2011/4/15データ取得)

放射線科学センター[2005]     『放射線の豆知識:暮らしの中の放射線』高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター。
http://rcwww.kek.jp/kurasi/ 2011/4/15データ取得)

ICRP[1990]            “1990 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection”, ICRP Publication.

ICRP[2007]            “The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection”, ICRP Publication.
http://www.icrp.org/page.asp?id=111 2011/4/15データ取得)

高度情報科学技術研究機構[2011]     『原子力百科事典ATOMICA』高度情報科学技術研究機構。
http://www.rist.or.jp/index.html 2011/4/15データ取得)

近藤[2011]             近藤誠『低線量被ばくの人体への影響について:近藤誠・慶応大』サイエンスメディアセンター。
http://smc-japan.sakura.ne.jp/ 2011/4/15データ取得)

中川[2011]             中川恵一『福島原発における放射性被ばくの解説』team nakagawaブログ。
http://tnakagawa.exblog.jp/15135529/ 2011/4/15データ取得)

中村[2011]            中村隆司『放射線を理解するために』レクチャー資料、東京工業大学理工学研究科。
http://be.nucl.ap.titech.ac.jp/RI-lecture.pdf 2011/4/15データ取得)

UNSCEAR[2010]  “UNSCEAR 2008 Report to the General Assembly, with scientific annexes”, United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation.
http://www.unscear.org/unscear/en/publications/2008_1.html 2011/4/15データ取得)

学会発表「2Prover対話型証明におけるSoundness確率の上界の改善」の概要。

(1992暗号と情報セキュリティ・シンポジウム 1992/4) 寄稿論文へのリンク

1985年にGoldwasser、Micali、及びRackoff [GMR]によって初めて定式化された重要な暗号理論である零知識証明(Zero-knowledge Interactive Proof systems, ZKIP)は、証明者(Prover)が検証者(Verifier)に対し証明者が持つ命題が真であることを、それが真であること以外の知識を何も伝えずに証明する対話型プロトコルであり、次の三条件を満たす。

1.完全性(Completeness):検証者は証明者が持つ命題が真であるならば、必ず真であることが分かる。
2.健全性(Soundness):証明者が持つ命題が偽であるならば、検証者は圧倒的な確率でそれが偽だと見抜ける。
3.零知識性(Zero-knowledge):検証者がどのような方法で証明者から知識を盗もうとしても、命題が真である以外の知識は何も得られない。

零知識証明で証明される命題としては、大きな合成数の素因数分解や離散対数問題等の解を持つこと、ハミルトン閉路問題や部分和問題といったNP問題の解を持つこと等がある。零知識証明では確率的に健全性エラーが生ずるため、そのエラー確率が実用的に十分小さいことを、確率の上界を証明することによって確認しなければならない。

Ben-Or、Goldwasser、Kilian、及びWigderson [BGKW]はナップザック問題を用いて複数証明者による零知識証明を構築し、Lapidot及びShamir [LS]はハミルトン閉路問題に関する二証明者零知識証明の健全性エラー確率を高々2n/9であることを証明した。その後、Feige [F]の証明により、同様の二証明者零知識証明の健全性エラー確率は

高々 2n/8

まで改善された。[LS]がエラー確率の上界を求めたハミルトン閉路問題の二証明者零知識証明では、検証者から二証明者それぞれへのチャレンジ・ビット数(x及びyとする)はx=y=2であったが、[F]はx、yどちらも任意の値へと一般化した場合についても健全性エラー確率の上界を証明した。

本論文は、[LS]の手法を拡張することで、x、yの一方が2で他方が3以上である任意の一般化されたケースにおいて、[F]によって証明された健全性エラー確率の上界が改善されることを数学的に証明した。ナップザック問題を用いたx=3、y=2の二証明者零知識証明の場合では、[F]によって得られた定理から求まる健全性エラー確率の上界は

高々 20.73n

となるが、本論文によって証明された定理から求まる健全性エラー確率の上界は

高々 20.79n

である。